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科学研究と特定秘密保護法 ― 科学者が知っておくべき注意点とは?

科学研究と特定秘密保護法 ― 科学者が知っておくべき注意点とは?

尾﨑 彰俊2014年10月8日
弁護士 尾﨑 彰俊

研究が法律で縛られる時代が来たら? そんな危険性を孕んだ法律が成立した。この特定秘密保護法とはどんな法律なのか,研究者として知っておきたい基礎知識をまとめてみた。

特定秘密保護法とは?

昨年10月25日、政府は特定秘密の保護に関する法律案を閣議決定し、この法案は同年11月7日に衆議院に審議入りしました。それと同時に、全国的に大きな反対運動が短期間のうちに相次いで起こっています。連日、法案反対の街頭宣伝が行われ、学者、研究者、弁護士会、労働組合などあらゆる立場から反対声明がだされ、集会・デモ行進が全国各地で行われました。

このような大きな反対運動があるにもかかわらず、同年12月6日、この法案は参議院で強行採決され、特定秘密保護法が成立してしまいます。このような国民の多数の声を無視した強行採決自体が民主主義に対する否定であり、絶対に許されることではありません。

成立過程だけでなく、その中身についても、特定秘密保護法は戦後成立した法律のなかでも例を見ないほどの悪法といえるでしょう。国民の知る権利、表現の自由、学問の自由、裁判を受ける権利など、日本国憲法が保障するあらゆる人権を侵害し、国民主権を蔑ないがしろにするものです。明治時代の大日本帝国憲法は、帝国議会のつくる法律で人権をいくらでも制限することができる内容でしたが、それに逆もどりする内容となっています。このような悪法は、到底、日本国憲法のもとでは認められません。

特定秘密保護法はまだ施行されていませんが、この法律が施行された場合の事例をもとに、科学者の研究がどのように侵害されるかについてQ&A形式で解説します。

適正評価制度の対象者になったら?

Q1

私は、ある製薬会社で新薬の開発を行っています。先日、防衛省から「適正評価制度」の対象者になったとの通知が私のもとに届きました。この通知は何でしょうか。私はこれからどうなるのでしょうか。

A1

適正評価制度とは、行政機関の長が「特定秘密」(詳しい内容についてはQ5で後述します)に指定した情報を扱う者(従業者)のプライバシーに関する情報を調査する制度です(第12条1項)。

具体的には、犯罪・懲戒歴、飲酒についての状況、経済的な状況など(資料1を参照)、きわめて高度のプライバシーにかかわる情報を調査されることになります。さらに、特定秘密を扱う者だけではなく、家族の住所、氏名、生年月日、国籍まで調べられます。

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Q2

これを断ることはできないのですか?

A2

「適性評価制度」は、事前に対象者に同意を求めたうえで行うことになっています(第12条3項)ので、断ることも可能です。しかし、「特定秘密」の取扱い業務は「適正評価制度」により秘密を漏らすおそれがないと認められた者でなければ、行うことができません(第11条)。したがって、同意しなければ、特定秘密として指定された情報について研究を続けることができなくなるため、同意せざるをえません。

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Q3

私の家族や友人に対して、防衛省から私について質問したいことがあるという問い合わせがありました。いったいどんな質問をされるのでしょうか。この問い合わせも「適正評価制度」なのでしょうか。

A3

「適正評価制度」を行うために、行政機関の長は評価対象者の知人や関係者に質問し、公私の団体に照会して必要な事項の調査を行うことができます(第12条4項)。たとえば資料1にある飲酒についての節度に関する事項(第12条2項六)を調べるために、「評価対象者」の家族に、「評価対象者」の家庭における飲酒の量や頻度、飲酒の際にどのような会話をしているかについて質問することができます。また友人には、「評価対象者」とどれくらいの頻度でお酒を飲みに行ったのか、どのような話をしているかなど、プライバシーにかかわる事項を質問されることになります。これは、「評価対象者」だけでなく、家族や友人の方のプライバシー権に対する重大な侵害だといえます。

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Q4

家族や友人から、プライバシーにかかわることなので、質問を拒否したいと相談を受けました。拒否してもかまわないのでしょうか。

A4

仮に、家族や友人の方が質問に拒否をしたとします。この場合、十分な調査を行うことができず、「評価対象者」は「特定秘密」を漏らすおそれがない者と認められないという判断が下されます。結果として、「評価対象者」が「特定秘密」とされた情報の研究を続けることができなくなるおそれがあるでしょう。

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Q5

どういう場合に、「特定秘密」と指定されるのですか。

A5

資料2に掲げた事項で、指定要件(表1)をすべて満たす場合に、秘密指定権者である行政庁の長が特定秘密を指定することができます。しかし、「公になっていないこと」や「我が国の安全に著しい支障を与えるおそれがあること」などの文言は非常に抽象的で曖昧であり、特定秘密を指定する行政庁の長の恣意的な判断によってあらゆる情報を「特定秘密」として指定することが可能となってしまいます。

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Q6

科学研究も特定秘密に指定されますか。

A6

科学者の研究対象についても、秘密指定権者である行政機関の長が指定要件を満たすと判断すれば、「特定秘密」として指定されてしまいます。

たとえば、資料2の別表一のリを見てください。一見、武器などに関して書かれているように見えます。しかし、たとえば日本が他国から攻められたときに、ある医薬品が国民の生命を守るのに有効である場合、その医薬品が「防衛の用に供する物」にあたり、その特定の医薬品開発が秘密指定を受けることが考えられます。

ほかにも、資料2の別表一のト、二のホ、三のハ、四のニのような規定があります。これらは、「防衛の用に供する」「特定有害活動の防止の用に供する」などの限定がついているかのように思えますが、これらの言葉は拡大して解釈できるため、無限定に等しいといえます。たとえば、秘密指定者が暗号に関するあらゆる情報が「秘密指定」の対象と判断すれば、パソコンウイルス対策の研究やコンピュータ言語の研究についても「特定秘密」に指定されてしまい、研究者は「適性評価制度」の対象者として、プライバシー情報を調べられることになります。

また、資料2の別表三のイ、四のイといった規定が定められているため、特定有害活動やテロ対策、テロ防止に関する研究者にも同様のことがいえます。

海外の事例ですが、2011年、アメリカのバイオセキュリティー科学諮問委員会(NSABB)によって、鳥インフルエンザに関する論文が、テロに悪用される可能性があるとして公開を差し止められました。この論文自体は、テロとまったく関係ない哺乳類間の感染に関する論文です。この事例のように、特定秘密保護法のもとでも、論文執筆者や研究者の研究の意図とは無関係に、指定権者である行政機関の長がテロ防止に関するものだと認定すると秘密指定されてしまいます。

ここにあげた研究は一例に過ぎませんが、特定秘密に指定される対象は限定がなされておらず、あらゆる研究が特定秘密の対象になる危険性があります。

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Q7

どのくらいの期間、特定秘密になるのですか。

A7

行政機関の長は、秘密指定をする場合、指定の日から最大5年間の範囲で指定期間を定めます(第4条1項)。

しかし、指定の有効期間が満了しても、指定権者である行政機関の長が情報を「特定秘密」として指定する必要があると考えれば、再度5年を超えない範囲で指定期間を延長することができます(第4条2項)。指定期間は合計で30年を超えることができないことが原則とされています(第4条3項)。ところがこの30年という指定期間は、秘密指定をした行政機関の長が何人も交代してしまうほどの長期間であり、ここに問題があります。また特定秘密保護法は、指定期間について例外を定めており、永久に特定秘密とすることも可能となってしまいます(第4条4項)。

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Q8

特定秘密の指定について、指定権者である行政庁の長による恣意的な秘密指定を監視・監督し、不適正な秘密指定をする場合を防止するような制度はないのですか。

A8

2014年6月20日、国会法が改正され、衆議院と参議院にそれぞれ「情報監視審査会」を新設することが決まりました。この審査会は、政府に特定秘密の提出を求め、運用に問題があると判断すれば、改善勧告をだすことができます。しかし、この提出要求と勧告にはまったく強制力がなく、政府は特定秘密の国会への提出を拒否できるのです。

結論として、恣意的な運用を防ぐために十分な制度はありません。したがって、指定要件を満たしていない場合に、特定秘密と指定される危険性は十分にありますし、それを是正する制度もありません。

情報を漏らしたらどうなるか?

Q9

私は、テロ対策の研究をしています。私の研究が「特定秘密」に指定され、「適正評価制度」によって秘密を漏らすおそれがないと認められました。今後、研究を行ううえで注意することはありますか。

A9

特定秘密の取り扱いの業務を行う者が、その業務により知り得た特定秘密を漏らしたときは、10年以下の懲役で処罰され、情状によってはさらに1000万円以下の罰金が加えられることもあります(第23条1項)。

したがって、この方は研究を外部に公表することができず、公表すれば処罰の対象になります。「適正評価制度」によって、「特定秘密」を扱うことが認められていない者に情報を伝えることも処罰の対象となります。したがって、第三者に研究の相談をすることも一切できません。また、未遂・過失も処罰される(第23条3~5項)ので、結果として情報が漏れなくとも、漏らそうとしただけで処罰の対象となります。これは、日本国憲法が保障する学問の自由・研究発表の自由に対する重大な侵害であり、学問の発展を著しく損なうものです。

さらに、特定秘密保護法は、「共謀」(第25条1項)も処罰対象としています。したがって、特定秘密とされた研究対象について発表するか否かを研究室内で相談しただけで処罰されるなど、常識から著しくかけ離れたことになりかねません。

裁判になったらどうなるか?

Q10

私は特定秘密を扱っている者ですが、私が特定秘密を漏らしたということで、特定秘密保護法違反で起訴されました。裁判はどのようになりますか。

A10

特定秘密保護法違反の刑事裁判が行われる場合、検察官に特定秘密が提供されます(第10条1項ロ)。しかし検察官は、公開手続きの場では情報を裁判所に提示することができません。

これでは、弁護人も被告人とされた者も反論できず、被告人とされた者は自分がどの特定秘密を漏えいしたのか不明のまま有罪判決を受けることになります。これはまさに暗黒裁判であり、日本国憲法に定められる公開裁判に真っ向から反するものです。

特定秘密保護法の目的は何か?

Q11

このように危険な特定秘密保護法の目的はいったい何なのでしょうか。

A11

この法案が閣議決定された2013年10月25日の記者会見において、安倍首相は「NSC(国家安全保障会議)の機能を発揮させるには秘密保護法がどうしても必要」と述べました。NSCとは、総理大臣を中心として防衛・外交・安全保障に関するさまざまな課題について対策を行う司令塔です。NSCを設置することで、防衛問題に関する権限を総理大臣に集中させることができます。

日米政府は2007年8月、「秘密軍事情報の保護のための秘密保持の措置に関する協定」を結んでおり、この協定の前文によると、「秘密軍事情報の保護を確保するための相互協力を促進することを希望して」この協定が締結されたとあります。つまり特定秘密保護法の制定の目的は、アメリカとの軍事機密を共有し、日本とアメリカの軍事同盟を強化し、NSCの機能を十分に発揮して日本が海外で武力行使を行えるようにすることだといえます。

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日本国憲法第23条は「学問の自由」を定め、学問・研究が権力による干渉を受けないことを保障しています。これは、学問・研究が権力から干渉を受け続けてきた歴史を踏まえて規定されています。ここまでに紹介した通り、特定秘密保護法は、日本国憲法が学問研究を保障した趣旨を蔑ろにし、研究者の学問研究の自由、そして研究結果の発表の自由を侵害する悪法です。学問・研究活動を自由に行える社会にするために、日本国憲法が保障する基本的人権を侵害する特定秘密保護法はぜひとも廃止させるべきだと筆者は思います。

資料1: 特定秘密保護法 第12条2項

適性評価は、適性評価の対象となる者(以下「評価対象者」という。)について、次に掲げる事項についての調査を行い、その結果に基づき実施するものとする。

  • 一 特定有害活動(公になっていない情報のうちその漏えいが我が国の安全保障に支障を与えるおそれがあるものを取得するための活動、核兵器、軍用の化学製剤若しくは細菌製剤若しくはこれらの散布のための装置若しくはこれらを運搬することができるロケット若しくは無人航空機又はこれらの開発、製造、使用若しくは貯蔵のために用いられるおそれが特に大きいと認められる物を輸出し、又は輸入するための活動その他の活動であって、外国の利益を図る目的で行われ、かつ、我が国及び国民の安全を著しく害し、又は害するおそれのあるものをいう。別表第三号において同じ。)及びテロリズム(政治上その他の主義主張に基づき、国家若しくは他人にこれを強要し、又は社会に不安若しくは恐怖を与える目的で人を殺傷し、又は重要な施設その他の物を破壊するための活動をいう。同表第四号において同じ。)との関係に関する事項(評価対象者の家族(配偶者(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む。以下この号において同じ。)、父母、子及び兄弟姉妹並びにこれらの者以外の配偶者の父母及び子をいう。以下この号において同じ。)及び同居人(家族を除く。)の氏名、生年月日、国籍(過去に有していた国籍を含む。)及び住所を含む。)
  • 二 犯罪及び懲戒の経歴に関する事項
  • 三 情報の取扱いに係る非違の経歴に関する事項
  • 四 薬物の濫用及び影響に関する事項
  • 五 精神疾患に関する事項
  • 六 飲酒についての節度に関する事項
  • 七 信用状態その他の経済的な状況に関する事項

※原文を抜粋。

資料2: 特定秘密保護法 別表(第3条、第5条~第9条関係)

一 防衛に関する事項

  • イ 自衛隊の運用又はこれに関する見積り若しくは計画若しくは研究
  • ロ 防衛に関し収集した電波情報、画像情報その他の重要な情報
  • ハ ロに掲げる情報の収集整理又はその能力
  • ニ 防衛力の整備に関する見積り若しくは計画又は研究
  • ホ 武器、弾薬、航空機その他の防衛の用に供する物の種類又は数量
  • ヘ 防衛の用に供する通信網の構成又は通信の方法
  • ト 防衛の用に供する暗号
  • チ 武器、弾薬、航空機その他の防衛の用に供する物又はこれらの物の研究開発段階のものの仕様、性能又は使用方法
  • リ 武器、弾薬、航空機その他の防衛の用に供する物又はこれらの物の研究開発段階のものの製作、検査、修理又は試験の方法
  • ヌ 防衛の用に供する施設の設計、性能又は内部の用途(ヘに掲げるものを除く。)

二 外交に関する事項

  • イ 外国の政府又は国際機関との交渉又は協力の方針又は内容のうち、国民の生命及び身体の保護、領域の保全その他の安全保障に関する重要なもの
  • ロ 安全保障のために我が国が実施する貨物の輸出若しくは輸入の禁止その他の措置又はその方針(第一号イ若しくはニ、第三号イ又は第四号イに掲げるものを除く。)
  • ハ 安全保障に関し収集した国民の生命及び身体の保護、領域の保全若しくは国際社会の平和と安全に関する重要な情報又は条約その他の国際約束に基づき保護することが必要な情報(第一号ロ、第三号ロ又は第四号ロに掲げるものを除く。)
  • ニ ハに掲げる情報の収集整理又はその能力
  • ホ 外務省本省と在外公館との間の通信その他の外交の用に供する暗号

三 特定有害活動の防止に関する事項

  • イ 特定有害活動による被害の発生若しくは拡大の防止(以下この号において「特定有害活動の防止」という。)のための措置又はこれに関する計画若しくは研究
  • ロ 特定有害活動の防止に関し収集した国民の生命及び身体の保護に関する重要な情報又は外国の政府若しくは国際機関からの情報
  • ハ ロに掲げる情報の収集整理又はその能力
  • ニ 特定有害活動の防止の用に供する暗号

四 テロリズムの防止に関する事項

  • イ テロリズムによる被害の発生若しくは拡大の防止(以下この号において「テロリズムの防止」という。)のための措置又はこれに関する計画若しくは研究
  • ロ テロリズムの防止に関し収集した国民の生命及び身体の保護に関する重要な情報又は外国の政府若しくは国際機関からの情報
  • ハ ロに掲げる情報の収集整理又はその能力
  • ニ テロリズムの防止の用に供する暗号

※原文を抜粋。

表1: 特定秘密保護法第3条1項で定める特定秘密の指定要件

要件①当該行政機関の所掌事務に係わる別表に掲げる事項に関する情報
要件②公になっていないこと
要件③その漏えいが我が国の安全保障に著しい支障を与えるおそれがあるため、特に秘匿することが必要であるもの