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「ごきげんよう」の巻

「ごきげんよう」の巻

大島 麻子
弁護士 大島 麻子

このところNHKの朝ドラが好調のようですね。遅ればせながら、インターネットのオンデマンドを利用して、現在放送中の「花子とアン」を時々みるようになりました。

舞台は明治時代、主人公が通った女学校では、「ごきげんよう」という挨拶が頻繁に登場します。ナレーションも、最後の決めゼリフは、「ごきげんよう、さようなら」。担当俳優の個性もあってか、なんともいえない余韻が残ります。最近はあまり聞くことがない言葉ですが、出会いにも別れにも使え、実用的でもあります。

ドラマの舞台の女学校は、ミッション系ということで、校長や教師は外国人女性、英語教育にも力が入れられています。「ごきげんよう」は英語ではどういうのか?と、ついつい余計なことに興味を惹かれてしまったのですが、残念ながらドラマにはそうした場面はでてこないようです。

そういえば、はじめて日本に来たイギリス人の知人と話していたときに、「日本でも挨拶するときは、ナマステと言うんだよね。」と言われて驚いたことがあります。ネットで調べた限り、確かに「ナマステ」というのは、挨拶の場面に万能に使えるサンスクリット語らしいのですが、日本で使うことはないでしょう。よくよく聞いたら、彼はどうも、「いらっしゃいませ」を「ナマステ」と聞き違えていたようなのです。というのは、イギリスでは、店員も客も、まずは「Hello」と挨拶するのが普通だからです。イギリス人の彼にとって、店員側だけの特別の言葉があるなんてことは考えもしなかったようで、挨拶もやはり文化だなあと思いました。なお、この知人、来日以来、もれなく「ナマステ」と返答していたそうで、どうりでいつも店の人から笑われていたはずだと、合点していました。

朝ドラの話題を書いてはいますが、仕事と育児に追われる中、最近まで朝ドラはもちろん、連ドラをみるなんていう余裕はありませんでした。息子は京都市内の公立小学校に通っていますが、学区内に公設の学童保育所がありません。結局、保護者らで共同運営する学童保育所に息子を入所させたのですが、公的援助は児童数に応じた一定の補助金のみ、児童数が足りなければ補助金もゼロというシビアさです。運営のための作業で、子どもとゆっくり過ごせるはずの休日や夜の時間がつぶれ、とはいえ学童がつぶれてしまえば、仕事そのものが続けられません。京都府の出生率は東京に次ぐほどの低さだそうですが、さもありなんと合点がいきました。

大変な思いをしながらも、なんとか一応の軌道に乗せて次の世代の保護者に学童運営を引継ぐことができ、ようやく夜寝る前のひととき、朝ドラ15分をみる余裕ができたのです。過去が舞台の朝ドラ、「昔は大変だったよねえ。」と、今の時代に生きている幸せをかみしめつつ、楽しく見るつもりだったのですが、職業病か、そうはいきません。

ドラマの舞台は明治ですが、主人公は、苦労して英才教育を受けて小学校の先生になったばかりというのに、校長から見合いを勧められ、仕事を辞めるよう促されます。「早く結婚しろ」とか「子どもを産め」とかいうヤジが議会で飛び交う現代、基本的な構造は変わってない!と思うのです。

また、主人公をはじめ、貧しい家庭では、お弁当なしだったり、そもそも学校に通えなかったり。さらに、主人公一家は、父親の放浪により母子家庭同然となり、困窮を深めます。現代の日本でも、18歳未満の子どもの貧困率は、16.3%、実に6人に1人の割合です。前回調査より0.6ポイントも増えた要因は、母子家庭が増加したことなんだそうです。子どもはその母だけで育てるものじゃあないだろう、子どもの1年は大人の1年とは格段に重みが違うもの、早く何とかしろ!と思うのです。

ドラマの主人公は、「想像の翼」を武器にこれからの人生を歩んでいくようですが、現実世界の中年女が広げてしまう想像の翼は、どうしてもリアルで重く、軽やかに飛んでいけないのが哀しいところです。

さて、約1年にわたった連載も、今号で終了いたします。法律文書の起案と違い、自分自身のことを、一般の鑑賞に耐えるレベルで書く、というのは私にとって本当に難しい作業でした。つたない文章におつきあいいただいた編集部と読者の皆様に、あらためて感謝いたします。ありがとうございました。そして、ごきげんよう。

「ねっとわーく京都」2014年8月号