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京都朝鮮学校ヘイトスピーチ事件の終結に寄せて-それでも終わらないもの-

京都朝鮮学校ヘイトスピーチ事件の終結に寄せて-それでも終わらないもの-

2015年11月30日
弁護士 谷 文彰

1 終結のご報告

私が弁護士登録をした2009年12月、京都朝鮮第一初級学校(当時)をヘイトスピーチが襲いました。裁判所での法的手続きを経て地裁・高裁と判決を獲得し、在特会らによるヘイトスピーチの違法性と人種差別性を認定し、高額の損害賠償と学校周辺での街宣等の禁止を命じた判決が、2014年12月9日、最高裁判所で確定しています。在特会らの上告等から決定までわずか5ヶ月という早さは、最高裁判所もヘイトスピーチに対して厳しい態度で臨むということを明確に示したのだと思います。

そしてこの度、判決で認められた1200万円余りの損害賠償金をすべて回収することができ、事件としては終結することとなりました。このような人権侵害については泣き寝入りとなってしまうことも少なくありませんが、毅然と法的手続きに訴え、裁判所で初めてヘイトスピーチの人種差別性を認定させ、朝鮮学校の民族教育を人格的利益と認めさせたこと、そして不法な人権侵害を行った者たちに1200万円以上の賠償金をきちんと支払わせることができたということは、極めて大きな成果であると思います。

ここまで来ることができたのも、当事者の方々の強い思いがあったということはもちろん、多くの方にご指示・ご支援を頂いたからに他なりません。改めて御礼申し上げます。

少し長くなりますが、事件の終結を機に、個人的に思うことを書きたいと思います。

2 終わった事件と終わらないヘイトスピーチ

最高裁判所で判決を確定したことを受け、学校関係者は、「子どもたちの笑顔を取り戻すことができる」、「民族的な誇りを育み、社会の一員として成長できる環境を守り続けたい」、「日本人によって傷つけられた私たちの民族を、同じ日本の人たちが守ってくれたことに感謝したい」などと喜びの言葉を述べてくれました。

こうして事件は終結を迎えました。既に述べたように、大きな成果です。しかし、手放しでは喜べない事情がそこにはあります。事件としては終わりました。確かに終わっています。しかし、残念ながらヘイトスピーチは続きます。むしろ激化しているともいえるでしょう。この訴訟はヘイトスピーチの抑止には十分ならなかったのです。弁護団としては残念でなりません。そしてこのことが、ヘイトスピーチの規制の是非の議論へとつながっていくのです。

3 ヘイト被害の特質を踏まえた議論を

この裁判を通じて弁護団は、ヘイト被害の深刻さを目の当たりにすることになりました。強い恐怖心、自尊心やアイデンティティの喪失、社会生活への影響、子どもの被害、「日本」という社会への恐怖と不信・・・。そして、陳述書作成の過程で弁護団の前に立ち現れたものこそ、ヘイト被害の大きな特徴である「沈黙効果」でした。どういうわけか、聴き取りをしても被害を受けたという証言がなかなか取れないのです-「その瞬間は確かに混乱したがそのときだけだった」、「今はもう大丈夫」、「何の問題もなく日常生活・学校生活を送っている」、「これまで通り在日コリアンとして生きていく」-極めて深刻なはずのヘイト被害が、ほとんど出でこないのです。これはどういうことだろう。ヘイト被害の構造を十分に認識していなかった弁護団は、正直、戸惑いました。これほどの憎悪に晒されながら、なぜこのような発言ができるのか。それだけ「強い」人たちの集まりなのか。被害といっても、実は大したことがなかったのか。

その本質をまがりなりにも理解できるようになったのは、ヘイト被害についての理解が深まり、何度も何度も話を聞く中でのことでした。実際は全人格的というべき甚大な被害を受けているのに、それを口にすることができないということこそが、ヘイト被害の大きな特徴なのだと。意思表示や発言そのものを奪ってしまうものが、ヘイトなのだと。そうしてヘイトは、反論やその意思そのものを攻撃し、被害者を社会から「見えない存在」に貶めてしまいます。

これらヘイト被害の特質は、しかし、当事者でない者にはなかなか理解しづらいものです。マイノリティではない者にとっては、より一層のことでしょう。けれど、ヘイトスピーチの規制の是非を議論するには、こうしたヘイト被害の特質をまず正確に理解しなければなりません。表現の自由との関係はもちろん重要ですが、他方で侵害される権利・利益とその重大性にも十分に目が向けられる必要があります。この間の議論を見ると、被害を受ける側への理解が不十分なのではないかというものが散見されるように感じることがあります。まず議論の前提として、ヘイト被害への理解をどのように深めていくのかが観念されるべきではないでしょう。

4 ヘイトスピーチの現状

国内外の治安情勢を分析した2014年版の「治安の回顧と展望」の中で警察庁が、「極端な民族主義・排外主義的主張に基づき活動する右派系市民グループ」の一つとして在特会を初めて名指しし、「違法行為の発生が懸念される」と指摘しているように、ヘイトスピーチはより拡大し、過激化している様相を見せています。

これに対し、多くの地方議会では国による法規制などを求める意見書の採択が行われています。また、国連の人種差別撤廃委員会からは、2001年、2010年、2014年と3回にわたって、繰り返し日本政府への勧告が発せられています。同年7月の自由権規約委員会による最終見解では、日本政府に対し、「人種主義的攻撃を防止し、容疑者が徹底的に捜査され、起訴され、有罪判決 を受けた場合には適切な制裁により処罰されることを確保するためのあらゆる必要な措置をとるべきである」とされ、同年8月の人種差別撤廃委員会による最終見解では、「(a)集会における憎悪及び人種主義の表明並びに人種主義的暴力と憎悪の煽動に断固として取り組むこと、(b)インターネットを含むメディアにおけるヘイトスピーチと戦うための適切な手段をとること、(c)そうした行動に責任のある民間の個人及び団体を捜査し、適切な場合には起訴すること、(d)ヘイトスピーチ及び憎悪煽動を流布する公人及び政治家に対する適切な制裁を追求すること」を勧告しています。

国内的にも国際的にも、ヘイトスピーチへの何らかの法規制を求める声は高まってきているといえるでしょう。他方で、先の国会に提出されていたヘイトスピーチ規制法案は採決が見送られています。

5 法規制のその前に

以上を踏まえ、まず行うべきはヘイトスピーチに関する実態調査と考えます。そうして実態を明らかにしていくことで、日本政府の「正当な言論までも不当に委縮させる危険を冒してまで処罰立法措置をとることを検討しなければならないほど、現在の日本が人種差別思想の流布や人種差別の扇動が行われている状況にあるとは考えていない」との見解を問い直し、広くヘイトスピーチの実態を正しく知らしめることにつながるでしょう。

その上で、ヘイトスピーチが違法で許されないことを明示し、人種差別を根絶して相互理解を促進させるための措置を国として執ることを宣言する基本法を制定することが必要です。日本にはヘイトスピーチなど存在しないかのような日本政府の態度こそ、ヘイトスピーチがむしろ増加している要因ともいえます。政府としてヘイトスピーチを根絶するための明確な姿勢を打ち出すことが先決であり、法的規制の是非についてはその後に議論を本格化させるということでもよいのではないでしょうか。それはきっと、ヘイト被害を終わらせるために大きな意義を有するはずです。

なお、こうしたヘイトスピーチ規制法については、表現の自由に対する干渉に使われるのではないかという懸念も根強くあります。実際、ヘイトスピーチに関する自民党の会合の中で、ある議員による、国会周辺で当時広がり続けていたデモをも規制しようとするかのような発言もありました。現在の安倍政権下ではその危険性は小さいとは言えないでしょう。十分な議論が必要です。