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ポンポン山事件の一つの区切りに当たって

ポンポン山事件の一つの区切りに当たって

-議会と議員の在り方を問う-
森川 明
弁護士 森川 明

はじめに

5月26日付京都新聞朝刊の社会面のトップに、「京都市49億円未収で幕」との大見出しの記事が掲載されました。これによれば、京都市は、ポンポン山のゴルフ場予定地を違法に高額で買収したことにより被った損害金のうちの元利金49億円について、賠償義務者である元市長より回収できないまま、昨年度末に欠損として最終処理をしてしまったとのことです。元市長に対して元金26億円余りの損害賠償を命じるポンポン山訴訟の住民側勝訴の判決が確定してから6年を経過していました。この莫大な金額は、結局は市民全体の損害金として、回復できないまま確定してしまいました。

ポンポン山の買収問題では、義憤に駆られた多くの住民が買収疑惑追及のため粘り強く運動を展開し、その成果がさん然と輝いているのに対して、市議会の(与党)各会派の議員は、チェック機能を全く果たすことが出来ず、むしろ臭いものに蓋をしてしまうという無責任な対応に終始しました。

この時点で一応の区切りとして、これらの幾つかの側面について改めて思い返してみたいと思います。

ゴルフ場建設反対から買収疑惑追及へ

1992(平成4)年3月末、京都市は開発業者から申請されていたポンポン山でのゴルフ場開発計画を不許可とする決定を下しました。その直後、同ゴルフ場建設の反対運動を展開してきた住民は、ポンポン山の山頂に樽酒を担ぎ上げ、文字通り勝利の美酒を酌み交わしていました。

しかし、市が不許可決定書を発行する前から、既に開発業者から市相手に損害賠償を求める調停が京都簡易裁判所に対して申し立てられており、その後の金47億円余りの公金が用地の買収金名目で支出される為の出来レースのシナリオがスタートしていました。

以後は、市民があれよあれよと思う間に、5月13日調停裁判所の決定があり、5月26日に市議会での議決がなされて、7月8日に開発業者に買収金が支払われてしまいました。しかも、同開発業者はその後解散し、金の流れは分からなくなってしまいました。ここまでのシナリオを書いた者は、これにて一件落着にできると計算したものと思われます。

しかし、ゴルフ場の建設に反対して来た住民としては、せいぜい十数億円の価格しかない土地に、実に手際良く、拙速かつ強引に、金47億円余りもの公金が支出されてしまうということについては、必ず裏に不正なものがあるに違いないと直感出来ました。そこでこれまでの「ゴルフ場建設に反対する会」から「買収疑惑を追及する会」に看板を付け替え、3800人による住民監査請求から住民訴訟へと運動をさら進めることとなりました。

この結果、最高裁判所まで訴訟は続けられ、前記の通りの住民側勝訴の判決が確定したのです。

因みに、住民訴訟によって元首長に命じられた賠償金額としては、現在でも裁判史上の最高金額の記録となっていますが、これは、京都市民全体にとっては、残念なことではあっても、輝かしいことではありません。

住民によって次々と剥がれていった疑惑のベール

京都市は、市議会に対して、金47億円余りの金額が適正価格であると説明する根拠として、不動産鑑定士作成の鑑定があると説明していました。しかし、住民は、こんなに高くなる筈がないとの確信から、鑑定書の記載内容をつぶさに点検し、現地調査も行いました。この結果、鑑定書で引用された取引事例の多くが、山林としての取引の事案ではなく、その他価格を不当に高く導くための操作が幾つもなされていることが判明しました。この結果、裁判所もその鑑定書の記載は信用できないとしました。

また、京都市は市議会で、調停裁判所による市が買収することを求める決定があることも、適正金額であることの根拠として説明しました。この調停裁判所による決定というものは、調停当事者のどちらかからでも異議を出すのみで直ちに無効となるもので、要するに調停裁判所からの単なる和解案の提示という程度の意味しかないものですが、市議会内では、何か権威あるものとして通用していました。しかし、その後の住民側の調査によって、まず、この調停手続きを担当した開発業者の代理人は、当時の政権党の最有力者の側近の関東の弁護士であることが判明しました。ここから、かねてから噂されていたとおり、京都市から買収金名目で支出された高額な金が、開発業者を通過して政権党の政治家に流れたとの構図が浮き上がって来ました。さらに、決定書の案文は京都市が作成し、決定書に添付する実測図は開発業者が提供するなど、決定文自体が京都市と開発業者による合作であったことも明らかとなりました。

その他については省きますが、このように、住民の側では、現場での調査を進め、運動を拡大していけばいくほど、次々と被われていた疑惑が解明されていきました。そして、これが新たな怒りを呼び起こし、さらに運動を前進させ、勝利への確信を深めていくこととなりました。自然の好きな人々が、私欲とは無縁に、不正は許さないとの思いで、このような運動を展開したのです。

市議会各会派の対応

ポンポン山の用地を金47億円余りで買収する議案が市議会に提案された当時、マスコミも大きく報道し、買収金額の異常な高さが問題とされました。

当時、住民団体や法律家有志などが、市議会の各会派に慎重に審議するよう繰り返し申し入れました。その際応対した議員の多くは、提案された買収金額は確かに高額に過ぎると思うとの認識を示していました。しかし、いざ採決する段階になると、彼らはいずれも賛成に回ってしまいました。あの数日の間にどのような政治的力が働いたのか、実に不可解でした。この採決の時、今は亡き阿美弘永議員(日本共産党)は、反対討論の最後を、議会内で一時的に人を欺くことはできても、長い年月にわたり市民を欺き続けることはできず、この疑惑は必ず解明するとの決意を込めて、「お覚悟めされー」との言葉で締めくくりました。以来、この言葉は住民側の合言葉となりました。

住民訴訟の京都地裁判決も大阪高裁判決も、当時の市議会での拙速な審議経過を厳しく指弾しました。地方財政法の定める「必要かつ最小の限度を超えて支出してはならない」との原則からのチェック機能を議会が果たすことができなかったことを批判した上で、このような場合は、議会の決議があったとしても、これに基づく公金の支出が適法になるのではないとの判断を下しました。

市議会としては、このように裁判所から判決によって厳しく批判されたのですから、遅くともその時点で、地方自治法百条に基づくいわゆる百条委員会を設置し、遡って調査権限を発動させ、経緯をつまびらかにすることが求められていました。しかし、与党各会派の議員は、日本共産党議員から提案された百条委員会の設置の案件をいずれも否決してしまいました。議会としては、自浄能力を発揮し、チェック機能を回復する最後の機会でしたが、これもみずから閉ざしてしまいました。各会派の議員達は、何としても臭いものに蓋をしてしまおうという無責任な態度でした。

疑惑の完全な解明のために

住民が求めたのは、金47億円余りという買収金額が誤っており、元市長にその賠償責任を認めさせるということに主眼があったのではありませんでした。そのような判断が得られることは当然の前提としても、より重要な問題として、市民の税金によって支払われたその金が、開発業者の先の何処に流れて行ったのか、誰が買収劇を書いた黒幕であったのか、どのような力が働いてあれだけ拙速、強引に議会で議決されるに至ったのか、などということを解明することでした。

開発業者の同代表者は、法廷では、市から支払われた買収金については、自分達は手にしておらず、どうなっているか知らないと証言しました。この内容の全部が正しいとはいえないでしょうが、しかし、買収金の多くが、代表者の手に入らず、これを傀儡として利用した背後の権限者である黒幕に回ったことは確かです。その黒幕のしっぽを掴みつつありましたが、最後までは手が届きませんでした。

現在でも、市や市議会関係者の中には、当時の事情を知っている者は多くいる筈です。その者達は最後まで口を噤み通すつもりでしょうか。

あるいは、住民の代表としての市長が登場すれば、以上の真実は解明されるのでしょうか。

なお、未解明の問題は残っていると言わざるを得ないのです。

勝訴確定後ポンポン山にて撮影した集合写真
2012年7月