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50周年記念講演「憲法がえがく復興と未来」

50周年記念講演「憲法がえがく復興と未来」

震災・原発事故─次世代に果たす責任

講演の様子プログラム前半、フォトジャーナリスト森住卓さんの講演「世界の核汚染と福島」のあと休憩に入りざわつく会場の中、目を赤く腫らしひとり座り込んでいる男性がいた。 「牛を処分せざるを得なかったあの酪農家たちのことを思うと涙が止まらなくなった。40年前のことだけど北海道の牧場で働いていた経験があってね。酪農家にとって乳牛はわが子同然です。そのわが子を原発事故の放射能汚染から守ることができず殺すなんて…」

京都第一法律事務所創立50周年記念講演会「憲法がえがく復興と未来」が11月15日夜、京都新聞文化ホールで開催された。講演で森住さんは、原発事故発生直後から現場に入り、とくに飯舘村では高濃度汚染が原因で事故の翌月には村の酪農家全11戸が廃業に追い込まれるまでを、写真とともに語った。処分場に運ばれる牛が乗ったトラックに手をかけ顔を伏せる女性。1頭もいなくなった牛舎の中で茫然とする夫婦。森住さんの語りは過酷な現実とは対照的に淡々としており写真も静穏なものが多いのだが、見る者に住民の悔しさと悲しさが迫ってくる。前途を悲観して自殺した男性が死の直前牛舎の壁に書いたことばを記録した写真には、会場全体が息を飲んだ。「原発に手足ちぎられ酪農家」

長年世界の核被害の現場を見つめてきた森住さんは講演を次のように締めくくった。「原発事故がひとたび起これば生存権がなくなります。原発は人間の生きる権利を否定したところにある。憲法に違反するのです」 森住さんの話の中で改めて驚かされたのが、事故に対する政府・東電らの無責任ぶりだ。森住さんは事故発生2日後、仲間数人とともに福島第一原発のある双葉町などを取材した。現地では持ち込んだ放射能計測器では測れないほど高濃度の放射性物質が放出されていた。ところがそんな中、何人もの普段着姿の町民と出会ったのだ。避難したものの家のことが心配で様子を見に帰ってきたのだという。この時点ではまだ政府は国民に対しては「安全だ。心配ない。ただちに影響はない」などと言い続け対策をとらなかった。住民に無用の放射能被害を広げたこの責任をどうとるつもりか。

後半の講演は「どうする日本の原発政策」と題した立命館大学名誉教授の安斎育郎さん。日本の原子力研究、原発政策の特徴、とくに地方の地場産業や農業を破壊してくらしをたち行かなくする一方、巨額の交付金で地方自治体と住民を原発推進体制に組み込んでいったシステム、反対派住民を徹底的に排除する電力会社のやり口など、まさにいま私たちの目の前で明らかになっている事態は、実は30年以上前から続いていることの結果なのだと教えてくれた。同時に、こういった事態を、米ソの力による世界支配、核軍拡競争という世界の現代史の中に位置づけ、また、国の政策、「原子力ムラ」の大勢に異を唱え続けたことで、イジメ抜かれた研究者としての安斎さん自身の半生とともに語った。

講演の様子「原子力」という難解なことをわかりやすくときに軽妙に語りかけ会場を魅了し続けてくれた安斎さんだったが、最後にこう述べて私たちを突き放した。「今の事態を招いたことについては国民にも共同責任がある。われわれは次の世代にどういった責任を果たしていくのか真剣に考える必要があるというのが私の結論。しかしみなさんがどう考えるかはご自由です」 このことばをどう受け止めたか。講演会終了後回収されたアンケートからいくつか紹介しよう。

「原発を止められなかった世代として責任を感じる。今からでも責任を果たしたい」(60代女性)、「若い頃原発推進の立場だった。未来の子どもたちに大きな負荷を与えてしまった。これは犯罪だ」(60代男性)、「原発も今のTPPももっと豊かにという理由で推進される。その一方で人権が侵害される人たちが増える。憲法のことをもっと知らなければならない」(20代男性)

冒頭に登場した男性も最後にこう語った。「来年3月で定年退職したらゆっくりしようと思っていたが、今日の講演を聞いたらそんなのんきなことを言っていられませんね」

「京都第一」2012年新春号