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交通事故後、医療ミスで死亡

交通事故後、医療ミスで死亡

奥村 一彦弁護士 奥村 一彦

交通事故で右足骨折をしただけで手術後死亡してしまったケースにつき、7年の裁判でやっと勝訴しましたので紹介します。

何でもない骨折で死亡!

1 S君(当時28歳)はサッカーが好きで、社会人になってからも少年サッカーの指導員をしていた。1992年3月22日、サッカーの試合を観戦した後ビールを飲み、友人の運転する原付バイクの後部座席に乗って帰る途中、バイクが転倒してけがをし、救急車で病院に運ばれ「右腓骨骨折、右足関節脱臼骨折」と診断された。3月26日手術を受け、4月13日から歩行訓練を始めた。ところが、4月18日ころから胸苦しさを訴え、時には激しい胸苦もあったが、内科医は心疾患を疑う程度で簡単な診察しかしていなかった。4月21日、トイレにS君が行ったまま帰ってこないので看護婦が午後5時45分に様子を見に行ったところ、チアノーゼ状態(動脈血酸素不足による手、顔面などの蒼白状態)で倒れており、応急手当もかいなく午後8時40分意識消失、呼吸停止で死亡した。

2 死亡後、遺族は死因は脳梗塞と説明を受けた。しかし死亡診断書には急性心不全とあったことから、医者の説明に不審を抱きはじめた。しかし、医者の勧める解剖は拒否した(これが後で訴訟を困難かつ長期化させる原因となってしまった)。

その後、母親が、交通事故による死亡として死亡保険金を保険会社に請求したところ、保険会社は死亡は交通事故と因果関係がないとして支払を拒絶し、入院期間中の治療費だけ支払った。確かに交通事故による骨折では死に致るものではなかった。なぜ死亡にまで至ったのか。これが最大の問題であった。そこで、法律事務所を訪れた。

死因は闇に?

3 事件の依頼を受けて、早速、検察庁で交通事故の刑事記録の閲覧と謄写を申請して入手し、病院に対しカルテなどの保存をするため裁判所に証拠保全を申し立てて写真に保存した。

このようにして書類は入手できたが、いったいどのような理由で死亡したのかは皆目見当がつかなかった。そこで、知り合いの内科医に相談をした(実は最初に内科医に相談したのが、後から考えたら失敗であったのだが、当時はとにかく医者に聞けば分かるのではないかと思っていた)。内科医は、カルテを検討した結果、消化管出血か脳出血が原因ではないかと結論づけた。

そこで、消化管出血のメカニズムを調べるために何冊も医学文献を購入し、読んでみたが自信はなかった。文献とカルテの記載は違うような気がしていた。しかし弁護士は医学専門家ではないのでなかなか追及が困難であった。とにかく時間的都合から訴えを起こさなければならないこともあり、取りあえず消化管出血と脳出血を直接の死亡原因として訴えた。被告は、交通事故の運転者と治療した病院で、連帯責任と構成した。

訴訟は座礁

4 訴訟は最初から難航した。運転者の保険会社の代理人は、死亡と交通事故は因果関係はないとの一点張り。病院の保険会社の代理人は、死亡原因は遺族の解剖拒否により不明であるとの態度を取りつづけた。そうなるとつらいのは原告の立場である。原告側が交通事故から死亡まで全ての因果関係の説明をしなければ訴訟には勝てないからである。

(1)資力要件(申込者とその配偶者の手取り月収(賞与を含む)の合計が、

なぜ消化管出血を死亡原因としたかというと、S君は入院中日記をつけており、排便時に大きな出血があったと何回か記載があったからである。文献でも交通事故などの入院中、ストレス性の潰瘍を生じ消化管から出血して死亡する例は珍しくない。

脳出血については、事故当初に頭を打った可能性について書類上記載がなければならない。ところがカルテでは入院時は「意識清明」とあり決め手にはならない。そこで搬送した救急車の報告書を消防署から取り寄せる手続きをしたが、回答を拒否されて提出できなかった。

八方ふさがりのまま裁判所での口頭弁論は一年を過ぎてしまった。裁判所は、事実主張は終結して証拠調べに入ろうと言う。それに抵抗しながらもこちらは有効な手だてなく焦燥感だけが続いた。

遺族が解剖に応じていれば少なくとも直接の死亡原因はわかったのにと半分以上勝訴はあきらめた。そこで、証拠調べの準備に入った。

ついに真相にめぐり合う

5 そんな時、雑談で同僚の弁護士にこの訴訟で困っているとの話をしたところ、知人に整形外科医がいるからカルテを見てもらったらどうかというあり難いご提案をいただいた。全く期待していなかったが、取りあえず事前に書類を送り、自宅を訪問させてもらった。するとこの死亡原因は「肺梗塞」に間違いないと断定するのである。これは近年増えている死亡原因で、骨折で入院した患者が手術後これが原因で死亡する例も多く、S君もその症状を呈しているとのことであった。これが訴訟の大転換となった。しかし、口頭弁論期日は数日後に迫っており、そこで準備書面の最後に、次回肺梗塞を主張するとだけ書いて提出した。訴訟は振り出しに戻った。

6 それから肺梗塞について猛勉強をした。肺梗塞は重篤な病気であり発症すると手当のしようもなく数時間後に死亡することがわかってきた。医療過誤事件を多く手がけている弁護士に相談したら肺梗塞は医者の過失が認められず訴訟でも勝てないと言われた。

肺梗塞とは、血液中に血栓子ができたり脂肪組織が流出したりするとそれがある時一時に肺に流れ込んで肺の毛細血管を全部塞いでしまって、窒息と同じように死亡してしまうものである。血栓子は入院中の安静時に大腿部の静脈内で発生することが多い。脂肪は、骨折の場合、骨髄から漏れだして血液中に滲出するのである。

記録は語る

しかし、相変わらず被告らは原因は特定できないと主張していたので、記録からそれを探さなければならない。ところがおもしろいことに、同じものでも違う観点からみるとまた新たなものが見えてくる。まず、刑事記録の中の医者の警察に対する照会回答書に、肺梗塞を含めた死亡原因が6つ列挙してあり、そのいずれも該当しないことが述べられているが、肺梗塞を否定する部分は他の2倍の分量を費やしていた。また、肺梗塞を否定する理由の一つに胸苦の訴えがないとの記載があった。私は「嘘だあ」と快哉の声を上げた。

S君は何度も呼吸の苦しさを訴えているではないか。ある時は散歩して「激しい運動をしたあとみたい」との看護記録まである。私は肺梗塞に間違いないと確信した。医者は真の死亡原因を知って隠していると思った。次に、各種検査結果を精査してみた。心電図も肺梗塞の特徴を持つ波形を残していた。動脈血ガス分析も酸素不足であることを示していた。そして、本人の日記と看護記録から日々酸素不足が影響して弱っていく様子がはっきりと表れていた。酸素不足の影響から精神不安が増大し、悲観的言動や記述がなされるのである。S君は死んだ時の葬式の方法まで日記に書いていた。

全面勝訴!

結審までは、これから3年の月日が必要であった。肺梗塞は近時、心肺の各種検査の総合として診断され、事前にわかれば有効な治療で問題なく快復することも証拠によって明らかにすることができ、全面的に勝訴した。

思えば最初に整形外科に相談していれば回り道をすることがなかったと悔やまれるし、解剖結果があれば過失の有無だけに争点が絞れたのにという思いです。しかし、この訴訟を通じて、何でも人に聞くこと、各種検査結果を完全に読み切ることが大事だと痛感させられました。S君のご冥福を祈りつつ。

ひん発する交通事故
ひん発する交通事故-ちょっとした怪我も医療ミスと重なると大変なことに-
(本文と写真は関係ありません)
「まきえや」2000年秋号