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一条山全面開発許可は撤回

一条山全面開発許可は撤回 山は小ぶりになるものの、かろうじて守られた

一条山問題全面解決へ
飯田 昭弁護士 飯田 昭

岩倉を有名にした「モヒカン刈り」

京都市左京区岩倉の「岩倉五山」の一つである一条山は、業者の違法開発により「モヒカン山」として京の乱開発、景観破壊の象徴として全国に名をはせてきた。

一条山は、閑静な住宅地にある里山であり、風致地区ではあるものの、三種指定に止まり、市街化区域であったため、業者(ナカサン)が開発して住宅にすることを計画した。これに対し、「浮島のような山の形を残すべき」とする京都市美観風致審議会の答申が出され、その結果、市は1981年12月に山の中央部をそのまま残して周囲を開発するという開発許可(旧許可)を与えた。

ところが、業者は1982年の暮れ頃から、開発条件(旧許可)を無視して、山を全部削り取ってしまおうとし、1983年2月に市が工事中止命令を出して工事が中止された時点では、山は「モヒカン刈り」の状態になってしまっていた。

市は本来是正命令を出すべきであったが、是正措置を指導した。それも当初は原状回復に近い代替案であったが、密室の協議の中で何時の間にか一条山の全面開発を認めるかわりに、(宅地としての価値が劣る)北側の20パーセントを公園として市に寄付させるという再開発許可にすりかわってしまい、市民の批判や京都弁護士会の意見書も無視して、1989年10月には再開発許可を与えてしまった。

但し、この時点で府は森林法に基づく林地開発許可を与えることは、留保した。

市民の常識にそった審査会裁決

住民側は、これに対し、2375名が京都市開発審査会に開発許可の取消を求めて、審査請求を行い、30名(うち常任10名)で「一条山弁護団」(うち、当事務所の常任弁護団は藤浦、私と地元明石に帰った佐藤健宗)を結成して、これを支援した。

京都市開発審査会は、12回に及ぶ公開口頭審理及び現場検証を行い、阿部泰隆神戸大学教授(行政法)、木村春夫京都教育大学教授(国土問題研究会)などの参考人質問を含む詳細な審理を尽くした上、審査請求人のうち一条山の近辺に居住する約500名の審査請求人適格を認めたうえ、1992年3月26日、開発許可を取消すという、市民常識にかなった画期的な裁決を下した。その要旨は、是正のための開発許可は、(1)できるだけ山の形を残す、(2)できるだけ緑を残す、(3)業者に不当な利益を与えない(クリーンハンド)ことが必要であり、京都市の山の全面開発を認める再開発許可は、権限逸脱・濫用で違法とする明快なものであった。

ところが、京都市は審査会の裁決に基づき業者に是正を求めることを怠り、業者の再審査請求を放置した。その結果、建設大臣は全くの密室審理の下で、 1994年12月に、「住民には審査請求人適格がない」という不当な理由で、開発審査会裁決を取消してしまった。このため、住民のうち市開発審査会で審査請求人適格を認められた446名は1995年3月、改めて開発許可取消訴訟を京都地裁に提訴し、裁判(業者は被告京都市長に補助参加)は本年3月21日に原告本人尋問が予定されて、いよいよ大詰めを迎えていたところである。

裁判所での闘い

裁判所においては、行政訴訟というわが国では勝ちにくい形態であるため、本案の争点(権限逸脱・濫用の違法性及び都市計画法三三条一項三号、七号、九号、一二号違反)と並んで、いうまでも無く入口論の争点に膨大な労力を要した(本案の論点と入口論の論点は平行して審理された)。それも、裁判長の交替とともに、「原告適格」がほぼ突破できたかと思えば、今度は「行政事件訴訟法一〇条一項=自己の法律上の利益に関係のない違法を主張して取消を求めることができない」の論点を裁判所がこだわり出し、それも何とかクリヤーできたと思いきや、次の裁判長には「原告適格」についての科学的立証の補充を求められるなど、数年が費やされた。最も、本件では府が林地開発許可を出していなかったので、工事が進行することはあり得ず、「業者との体力勝負」と認識してじっくりと取組むことができた。

これらの立証としては、予想される被害については、国土問題研究会の全面的協力を得て、直近の原告の災害の危険性や沿道の原告の工事車両による騒音、振動の被害についての詳細な意見書を作成してもらい、奥西和夫京都大学教授の証人尋問を行った。また、阿部泰隆神戸大学教授には、(1)原告適格論、(2)行政事件一〇条一項論、(3)権限逸脱・濫用による違法性論の3本の力作の意見書を提出して頂いた。

違法開発業者の反撃

業者は、他方で、森林法上の開発許可権限を有する京都府知事に対し、「林地開発許可不受理違法確認訴訟」を提訴し、住民側はこれについては被告に補助参加した(但し、最終的には参加申立は却下)。2000年3月になって、業者の訴訟が「処分に該らない」と却下されると、業者は京都府に対して、改めて全面開発の林地開発許可を求めていた。これに対し、住民側は、京都府に対しては、業者の前記申請を却下するとともに、(1)(2)(3)に沿って、事態の全面解決を図るイニシィアティブをとるよう、求めてきた。2000年夏頃より、府は積極的に動き出し、副知事との直接の折衝を重ねた。今般の全面開発許可の撤回及び是正計画は住民側及びその意向を不十分ながらふまえた京都府のイニシィアテブによるものであるが、背景には府は業者の申請を「却下」(この場合は業者が府に取消訴訟を起こすことは必至)する勇気もなく、かといって今更そのまま全面開発を認めると、住民側から取消訴訟を起こされるうえ、府民の批判を受けるという状況があった。

京都市・業者が全面開発を断念

その結果、京都市及び業者は全面開発許可を撤回、断念するに至り、裁判上勝訴したのと同様の結果がもたらされた。これは、この間の運動及び裁判の大きな成果である。

今回の是正計画(三次許可)は、再開発許可と比べて、緑地率が24%から44%、自然林率がゼロから22%と大幅に増加する一方、搬出残土量が52万立米から28万立米に減少している。これは、少なくとも当初許可程度の保全(緑地率54%、自然林率32%、残土量7万立米)を求めていた住民側からすると極めて不十分な点は残るものの、まがりなりにも一条山が残ることになったものと評価できる。

そこで、原告ら住民は京都市に対し、残された緑地部分を将来にわたって保全することの確約を求めてきた。これに対し、本年2月28日、京都市長より「改めて(業者に)緑地保全を求めるとともに、今後、残存緑地が良好に保全され、二次開発がなされないよう最大限の努力をしていく」との回答書を受取った。これを受けて、3月21日の法廷において、原告らは意見陳述のうえ、対象の消滅した「開発許可取消訴訟」は取下げた。

「取下書」の理由の最終部分は、次のとおり結んでいる。

「原告らは引続き、住民や支援して頂いた京都市民、全国の方々とともに、前記(1)(2)(3)の見地に立って、一条山の形と緑をできるだけ保全させること、緑地部分を公有化させること、搬出残土も最小限にさせることなど行政の指導に注目し、あわせて住民との協議の上で開発が実施されるよう求めていく。

最後に、私達は今後も一条山の開発計画を引き続き監視していく決意であることを表明し、あわせて、京都市が業者に全面開発を認め、京都市開発審査会の裁決に従わず、今日まで解決を長引かせた経過については猛省し、開発・景観行政の住民の立場に立った根本的転換を求めて、訴えの取下げにあたっての、理由とする。」

一条山は小ぶりになってしまったが、かろうじて守られたのである。

朝日新聞の記事
2001.1.28 朝日新聞
「まきえや」2001年春号