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半鐘山ユネスコ世界遺産センター・イコモスへの要請とアッサスの古城

[事件報告 1]

半鐘山ユネスコ世界遺産センター・イコモスへの要請とアッサスの古城

飯田 昭弁護士 飯田 昭

何故、ユネスコなのか

半鐘山開発問題は、本年1月、京都市開発審査会が、不当にも審査請求を棄却する一方で、開発計画の見直しと、京都にふさわしい環境・景観保全策の制度的確立を求める異例の付言を付しました。

これに対し、地元住民『半鐘山と北白川を守る会』は、4月に京都地方裁判所に開発許可取消訴訟を提訴し、審理中です。

5月になって、『会』で手紙を出してみたユネスコ世界遺産センターの所長(フランチェスコ・バンダリン氏)より、「世界遺産センターとしても銀閣寺周辺のこの開発に対し、日本政府に問い合わせをするなどして、調査をはじめている」との回答が届きました。また、フランスのル・モンド紙は、歴史都市京都の乱開発として、半鐘山問題を取り上げました。

これらの動きは、もちろん、自動的に出できたものではなく、住民の地道な努力が契機となったものですが、地域の住民運動と裁判闘争だけでなく、世界遺産の一つである銀閣寺周辺の乱開発としての世界的な問題としての展開が必要だとの認識のもと、ユネスコの世界遺産センターと、その調査を担当するNGOであるイコモスへ、保全の勧告を日本政府及び京都市長に出してもらうことを要請し、これを日本でも報道してもらい、あわせて資料を収集するためパリに行くことになりました。

行くことを決めた6月の段階ではまだこの程度の認識でしたが、その後、伊従勉京都大学教授のご援助により、『半鐘山は世界遺産銀閣寺周辺のバッファゾーン(緩衝地帯)として位置づけられており、その開発は日本政府の批准した世界遺産条約に違反しているため、銀閣寺が世界遺産としてありつづけるためには半鐘山を歴史的風土特別保全地区に指定するなどして、開発から守らなければならない。』ことが明確になりました。

要請行動は、フランスとは様々な交流のある地元住民の宮本エイ子氏(ロマン=ロラン研究所) と弁護団の私と玉村匡弁護士が行くことになりました。なお、宮本氏はフランス語が堪能ですが、両弁護士は全くできません。

以下、日記風に紹介します

1)9月7日【土】

午後1時45分 大阪国際空港出発
午後7時過ぎ パリ シャルルドゴール空港到着
午後9時過ぎ ピエール・ニコルホテル到着
(1泊1万円以下ですが、歴史もあるうえ、快適)

2)9月8日【日】

午前~夕方 市内観光 リュクサンブール公園→シテ島(ノートルダム寺院、サント・シャペル教会、コンシェルジュリー)→セーヌクルーズでエッフェル塔へ
午後6時~ 高橋博泰(通訳をお願いしていた建築家)、野口英雄(元ユネスコ世界遺産センター)両氏とホテルロビーで打ち合わせ
夕食は「ラ・ドーム」(モンパルナス地区) で牡蠣、魚介類の盛り合わせ。

3)9月9日【月】

午前10時~12時 ユネスコ本部要請。朝日放送はTV取材

谷口ジュンコ(プログラムスペシャリスト)、斉藤夏江氏が応対
谷口ジュンコ(プログラムスペシャリスト)、斉藤夏江氏が応対

まず、資料に基づき、半鐘山が銀閣寺のバッファゾーン内にあることを確認し、次いで、日本政府がユネスコに提出した、「バッファゾーンを保全する規制法」にかかる資料を探しましたが、日本政府は「文化財保護法」を提出しているのみで、「バッファゾーンを保全する規制法」に関する資料(具体的には、古都保存法など)は一切提出していないことが判明しました。
谷口氏は「最近になって、バッファゾーンを保全する規制法制が具体的にどのようになっているかが注目されるようになったが、(銀閣寺等が世界遺産に登録される際の審査がなされた)当時は、(特に、ユネスコの日本国政府に対する信頼度が高いということも影響して)それほど厳密な審査はされていなかった。ただ、現在ではそのような審査では不十分であったとの認識がある」
「文化庁に対して問い合わせをしている(ここ1週間以内に、再度確認した。)が、文化庁の側の内部の手違いで、まだ回答がきていない。」
「ユネスコが日本国政府に対して、『半鐘山を、“古都保存法に基づき、歴史的風土特別保存地区に指定されたい”との勧告を求める要請がなされているが、そのようにされることの是非についての貴国の対応を回答されたい』旨の照会をすることも検討する」と積極的な対応を約束してくれました。
午後1時 ホテルで記者会見・朝日新聞(パリ支局長)、朝日放送、共同通信が取材(日本では日本時間午後6時より住民・弁護団が第一法律で記者会見し10日朝刊各紙で報道されました。)
午後 市内観光 凱旋門を見た後、市内観光バス乗車
午後8時~「ル・グラン・ヴェフール」(滞在中唯一行った歴史的高級レストラン)で高橋夫妻を交えて会食。ピジョン(鳩の蒸し焼きですが、何とアレキサンダーIII世との名称がついていました)を食べる。

4)9月10日【火】

午前10時~11時30分 イコモス本部要請。
ディリゲロ女史応対
「要請資料は十分読んでいる。イコモスはNGOであり、世界文化遺産を保護するアドバイサーとしての役割を果している。イコモスとしては、ユネスコと協議のうえ、日本イコモス委員会に調査を諮問することになる。バッファゾーンの保存の規定に不十分な点があったと理解している。その不十分の意味は歴史的風土特別保存地区に指定することにより対処すべきものと理解した。イコモスはバッファゾーンの保存について意見を出した例はある。これによりバッファゾーン内の建設計画を中止させたり、大幅に変更させた。ただし、あくまで対話をもとに進める。文化庁に対してはイコモスと協議して、勧告をすることができる。」とのこと。
イコモスにあった全ての資料につき閲覧、謄写の機会を与えられ、関連する部分についてはコピーをしてもらいました。
午後は最高裁判所を見学した後、オペラガルニエ、ギャラリーラファイエット、モンパルナス、サクレ・クール寺院などを観光。
夕食はピザ類、夕食後、夜景見学。ノートルダム寺院、エッフェル塔、市庁舎など、どれもライトアップされ美しい。

5)9月11日【水】

リヨン駅からTGVで南仏モンペリエへ。モンペリエからアッサスの古城【写真下】へ。
これは、もともと宮本氏の友人であるパリ在住のピアニストである郁子・イワノビッチ氏がアッサスの古城でコンサートをされた際に、古城周辺の開発計画についての日本への支援要請を受け、これが宮本氏にきて、招待されたという経過で、当初は観光目的で行ったのですが、『日本から環境問題にとり組んでいる弁護士がくる』と伝わっていたようです。
古城の歴史、素晴しさについては紙面の都合で省略させていただきますが、写真からご推察ください。現在でも、城主一族はここに住んでおり、結婚式などに貸していますが、維持はやはり大変なようです。
城主はマリークレール・デマンジェル夫人。80歳近いと聞いていますが、外見はもちろん、ノークラッチで車をきびきびと運転するなど若々しく活動的な方です。
城は14世紀からのもので城(の一部)はhistorical monumentに指定されているにもかかわらず、文化庁から派遣されてきた専門家の意見も無視して住宅と道路(18メートル)の開発計画を村長と村議会は承認してしまったとのこと。フランスではhistorical monumentの周辺500メートルは、開発が厳しく規制され、文化庁から派遣された専門家がチェックするという法律がありますが、村長が地権者と結びついた議員と結びついて、開発を認めてしまったというもの。パリでは到底考えられないことのようですが、フランスでも地方ではこのような例は結構あるようです。夕食のディナーは地元のアッサスワインを飲みながら延々4時間の歓待を受けました。

アッサスの古城
アッサスの古城
6)9月12日【木】

マーク・ラッサム夫妻の招待(宮本氏の友人。夫は考古学者、妻も研究者)で、ベジエにある広大な屋敷に招待され、昼食。
世界遺産にも指定されている水位の変えられる運河を見学。
その後、アッサスの古城に戻り、アッサスの開発反対運動をしている住民の方が集まり、懇談しました。

7)9月13日【金】

午前 アッサスの村役場を訪れ、役場や小学校、幼稚園を案内してもらった後、村長と懇談しました。人口約1,300人の小さな村ですが、モンペリエの郊外地として宅地開発要求は強いとのこと。当方は文化庁の専門家の意見を尊重するよう要請。
午後 モンペリエ見学
モンペリエは人口約30万人。フランス最古の医学部のある学生の街でもあります。一旦廃止されたトラムが、近時復活し、拡張されました。全線乗ってみましたが、車椅子で介助を受けずに乗り降りできたり、定期券が電子化されていちいち取り出す必要がないなど、実に快適な工夫がされていました。
夜 パリにもどる。イワノビッチ夫妻と会食

8)9月14日【土】

午前 シャンゼリゼで買物
午後 野口英雄氏及び家族(配偶者はユネスコの文化部門の総務を勤めている高官、その娘さんは子供の権利を守るための裁判官を志望する正義感の強い法学部1年生)と、ルーブル内のレストラン「マルセー」で会食。
夕方 シャンゼリゼで買物
夜 午後9時5分発のJALで帰国

9)9月15日【日】日本帰国
京都新聞(朝刊)
京都新聞(朝刊)
「まきえや」2002年秋号