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「労働者のミス」を口実とする悪質な経営者からの請求を阻止!

[事件報告 5]

「労働者のミス」を口実とする悪質な経営者からの請求を阻止!

荒川 英幸弁護士 荒川 英幸

不況下で労働者を食いものにしようとする事件の多発

小泉政権のすすめる「構造改革」「規制緩和」とは要するに「ルールなき資本主義」のことで、「強い者が勝って当たり前。弱い者がどうなろうと知ったことじゃない」「どんな手を使おうが儲ければいい。だまされる奴や取られる奴がドジなんだ」などという風潮が次第に広がって社会が荒廃しつつあります。このような傾向は、労使関係においても見られ、労働者の責任とはいえない「ミス」や、集金や経費に関する僅かな額の不正行為・不明金を口実にして、経営者が労働者に巨額の支払を強要する事件の相談が目立つようになりました。中には、それを狙って雇用したとしか考えられないようなケースもあります。雇用情勢が最悪化している中で、失業中の人にとっては一日も早い就職が切実な要求ですが、それを利用した大規模詐欺事件も発生しています。どこかに就職できればいいのではなく、労働者が安心して就職し、働くことのできる社会条件を作り上げることが大切です。そのためには、労働者を食いものにしようとする連中と徹底的に闘わなければなりません。

経営者から二重請求の裁判を起されたトラック運転手

Aさんは、従業員7~8名という小規模の運送会社にトラック運転手として勤務していましたが、会社の経営者は個人で貸金業も営んでいました。

事件は、凍結した深夜の高速道路を走行していたところ、Aさんのトラックがスリップして道路の壁に衝突し、トラックのキャビンやドアの一部が壊れたことから始まります。会社の労働条件は劣悪きわまりないもので、当時のAさんは年末年始以外は月に一度ほどしか休みがとれず、夜間走行で翌朝到着→目的地でトラックの中で仮眠→夜間走行で翌朝到着というスケジュールが繰り返され、睡眠不足の上に過労状態にありました。しかも、トラックのタイヤは磨耗が激しく、載せていたチェーンも古くて使用できないものでした。Aさんだけでなく、他の労働者も危険であると訴えていましたが、経営者は耳を貸そうとはしませんでした。

そのため、判決でも指摘されているように、会社の運転手が交通事故を起こすことは日常茶飯事という有様で、Aさんの裁判中に会社の労働者が死亡する事故まで発生しました。

トラックの損傷は大きなものではなく、Aさんはガムテープと段ボールで応急処置をしてから、予定の業務を終えて帰社しました。会社は、その状態で2~3日もトラックを使っています。

その後、Aさんが会社を退職してから、経営者は事故による損害金として60数万円を賠償しろとしつこく迫るようになりました。Aさんは納得できませんでしたが、自宅にも電話がかかって家族に迷惑が及ぶことから、やむなく経営者個人に対する45万円の借用書に署名し、内金として4万円を支払いました。しかし、どうしても納得がいかなかったので、それ以降の支払を停止しました。

すると、経営者はAさんに対し「貸金」と利息・損害金の合計約53万円を請求する裁判を提訴。裁判の中で、Aさんは金を借りた事実はないし、先に述べたような状況で発生した事故について労働者に請求することは不当であると訴えました。ところが、驚いたことに、経営者は、新たに会社を原告として、事故による「損害」を約220万円にふくらませた裁判を起こしてきたのです。

「貸金」は事故とは無関係だと主張し、二重請求で合計約270万円をAさんから取ろうという魂胆でした。

経営者の請求を5%に制限させた判決に全国から注目

私は、最初の段階からAさんの代理人として法廷に立ちましたが、「貸金」事件については、1審の簡裁と2審の地裁ともに「借用証はあるものの、実際にはAさんが金を借りた事実は認められない」として請求を全て棄却するいう明確な勝訴判決が出され、上告も棄却されました。問題は、損害賠償訴訟の方です。休車損害は論外としても、修理費約55万円については証拠が出され、否定することは困難に思われました。

ところで、仮に労働者のミスで経営者に損害を与えた場合、労働者はどのような責任を負うのでしょうか。形式的には、全額の賠償責任を負うべきと考えられるかもしれませんが、それでは著しく不当な結果になります。なぜなら、経営者は労働者を働かせることによって利益を上げているのですからリスクも負担すべきこと、ミスの発生には労働環境や労働条件も大きくかかわっていること、そのような損害の危険について経営者は保険の利用や価格への転嫁でカバーできること、そして何よりも損害がしばしば多額になることに反して、労働者はその負担に耐えうるような給料をもらっていないこと、といった事情があるからです。

最高裁は昭和51年に「諸般の事情に照らして損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において」しか労働者に請求できないという判決を出し、請求を制限してきましたが、それでもこれまでのケースでは損害額の20~25%程度の請求が認められてきました。

しかし、このような経営者には1円も支払いたくないというのが私とAさんの一致した思いでした。そのために、事故の真の原因は経営者の安全無視にあることを訴えるとともに、劣悪な労働現場の実態を徹底的に明らかにしました。その結果、1審の京都地裁判決は、「Aさんに対する請求は修理費約55万円の5%しか認められない。Aさんは、すでに、この5%相当額を超える4万円を支払っている。」として、請求を全て棄却する全面勝利判決を出しました。そして、大阪高裁もこの判断を支持し、経営者はついに上告を断念して、2つの事件はAさんの完全勝利で幕を閉じたのでした。

事件後、この判決は「実務に参考になる判決」として、自動車保険ジャーナルや判例時報に掲載されました。近く労働判例にも掲載され、学者がこの判決を素材にして論文を書く予定とのこと。全国的にも、このようなケースが増えている中で、従来の判例のレベルを超えて労働者保護を最大限強めた判決として評価されているようです。

私やAさんとしては、たとえ5%であれ請求権が認められたことが心残りですが、裁判所としては、5%にすれば請求棄却の判決にできるし、さすがにゼロとすることにはハードルが高かったということでしょうか。

しかし、不当な請求に屈しなかったAさんの頑張りが、全国的に評価される高裁レベルの判例として実を結んだことになります。この判例を活用することによって、他の労働者の被害防止に役立つのなら、自分が頑張った成果があったというのが今のAさんの思いです。

「まきえや」2002年春号