まきえや

原爆症認定集団訴訟の取り組み

[事件報告 3]

原爆症認定集団訴訟の取り組み

原爆症認定制度とは

今から58年前、1945年8月6日、広島に、8月9日には長崎に、それぞれ原子爆弾が落とされました。原子爆弾は、20万人以上の人の命を奪い去り、また、一命を取りとめた人に対しても、放射能により、その身体に、深く、しかも目に見えない影響を与えることとなりました。

原子爆弾により生じた深刻な被害に対し、戦後、国は被爆者援護法を制定し、それにより、原子爆弾に起因して負傷した人について、必要な医療を給付することが定められ、負傷又は疾病が原爆症と認定されることにより、医療特別手当が支給されることとなりました。この医療(手当)の給付のため、負傷又は疾病が原子爆弾に起因するものであることを、厚生労働大臣が認定する制度が原爆症認定制度です。

しかし、国(厚生労働省)は、被爆者援護法の趣旨に反し、原爆症認定に対して非常に冷たい態度をとっています。すなわち、被爆者からの原爆症認定申請に対して、原子爆弾に起因するものではないとして、申請を却下しているのです。特に1990年以降は、申請の約3分の1程度しか認定されず、残りの約3分の2は却下されており、これが2000年以降になるとさらにひどく、申請の約7分の1程度しか認定されていない状態です。原爆症「認定」制度は、まさに「却下」のための制度として運用されているのが実態なのです。

長崎訴訟・京都訴訟のたたかい

そのような国(厚労省)の冷たい被爆者行政に対して、長崎の松谷英子さんと京都の小西健男さんが、それぞれ訴訟を起こしました。長崎訴訟と京都訴訟です。この訴訟では、当時、国が原爆症の認定に用いていたDS86という基準の是非が争われました。

DS86とは、ごく簡単にいえば、主にアメリカの砂漠地帯での核実験により集められたデータをもとにして、爆心地からの距離によって被爆した放射能の量を推定する基準です。

しかし、この基準は、単純に爆心地からの距離のみを問題とし、広島・長崎の地形は全く無視され、また、アメリカの砂漠地帯と日本との気候や湿度の違いなども一切考慮に入れられていません。さらには、放射性降下物(いわゆる黒い雨や黒いすす)、放射能に汚染された食物の摂取、原爆により死亡した被害者を火葬した際の灰の吸入などといった事情についても、全く考慮に入れられることのない基準です。このような基準を硬直的に適用していては、負傷や疾病の原子爆弾起因性を正確に判断できるはずがありません。

10年以上にわたる法廷内外でのたたかいの結果、2000年7月、長崎訴訟が最高裁で、同年11月、京都訴訟が大阪高裁で、それぞれ勝訴し、DS86という基準と、その機械的運用は、司法の場で否定されることになりました。

「原因確率論」

2000年に立て続けに2つの判決が出されたことから、国は原爆症認定の基準の見直しを迫られることになりました。そこで、国(厚労省)は、新たに「原因確率論」という基準を採用することとなりましたが、この「原因確率論」は、これまで以上に被爆者を切り捨てる内容のものになってしまいました。

「原因確率論」とは、先述したDS86の基準により、被爆者の被爆した放射能量を推定した上で、負傷又は疾病の種類、被爆時の年齢、性別ごとに作られた表に当てはめて原因確率(当該負傷又は疾病につき原子爆弾が原因で発生する確率)を算出し、それが50%以上ならば認定し、10%以下ならば却下するという基準です。

しかし、この「原因確率論」に対しては様々な問題が指摘されています。まずは、先の2判例で明確に否定されたDS86の基準をいまだに用いている点です。この点につき、DS86の問題点として述べた、放射性降下物、放射線汚染食物の摂取などといった問題はそのまま残されたままです。

「原因確率論」の問題点はこればかりではありません。原因確率の表を作成するにあたっては、被爆者と非被爆者のデータを比較し、どれだけ負傷又は疾病の発生リスクに差があるかを調査、分析することになりますが、ここで用いられている「非被爆者」のデータとは、全くの「非被爆者」のデータではなく、広島・長崎において比較的遠距離で「被爆」した方々のデータなのです。したがって、被爆者と非被爆者とを比較しているのではなく、被爆者同士を比較しているのです。これでは正確な確率を算出することは到底できないのです。

これ以外にも問題点として指摘されている事柄はまだありますが、何よりも、先の2つの判例において、負傷又は疾病が原子爆弾に起因するものであると、明確に認定された2人の被爆者について、「原因確率論」の表によれば、2人とも原子爆弾起因性が認められないことになってしまうのです。このこと一つをとっても、国(厚労省)が「原因確率論」を採用したことにより、明らかに被爆者行政が後退していることがわかります。

このような被爆者行政の後退は、核兵器の威力、残虐性を矮小化し、「使える兵器」にしようとするアメリカと、それに追随する日本政府の動きと軌を一にするものであると言えます。

原爆症集団認定の運動

このような国(厚労省)のひどい被爆者行政に対して、平和団体や被爆者団体などを中心として、原爆症の集団認定申請、及び、却下決定に対する集団提訴の運動が進められています。これは、集団申請・集団提訴により、個別の被爆者の救済に加え、非人間的な国(厚労省)の機械的な運用制度そのものを変えることを目的とするものです。

この間、集団申請により、全国で200名をこえる被爆者が原爆症認定申請を行い、この中で、認定されなかった被爆者のうち70名をこえる被爆者が、現在、原爆症の認定を求めて裁判を提起し争っています。

原爆症認定集団訴訟に対する、今後のみなさんのご注目とご支援、よろしくお願いします。

原爆症認定集団訴訟
「まきえや」2003年秋号