まきえや

交通事故賠償の現状~被害者の知識不足につけこむ示談屋や保険会社

交通事故賠償の現状~被害者の知識不足につけこむ示談屋や保険会社~

交通事故と賠償問題の現状

私は日本交通法学会(学者、弁護士、裁判官、国土交通省などの行政担当者、自賠責・損害保険関係者などで構成)の会員ですが、今年の5月に福岡で開催された学会シンポジウムのテーマは、「自動車損害賠償保障法(自賠法)施行50 年の軌跡と展望」でした。

交通事故の負傷者は115 万人で車両台数の増加と比例していること、しかし死亡者は減少しており49 年ぶりに7000 人を切ったことなどが報告された後、自賠責保険(強制保険)と任意保険との2階建て構造は、日本独自の制度であるが、うまく機能していると評価されていました。

しかし、実際の賠償はどうなっているのでしょうか。西村真悟衆院議員が交通事故の示談屋に名義貸しをして多額の報酬を受け取り、弁護士法・組織的犯罪処罰法違反で逮捕・起訴された事件は、違法な示談屋が多数の事件を手がけ、巨額の利益を得ている現状を浮き彫りにしました。

また、昨年から生命保険会社や損保会社の保険金不払が大きな社会問題になり、保険会社のモラルが問われていますが、交通事故の被害者に対する対応でも同じような問題があります。

賠償交渉の落とし穴

自動車・バイク・ミニバイクは、自賠責保険に入っていないと運転が許されません。それで強制保険とも言います。自賠責保険は、全ての事故に最低限度の保障をすることを目的にしていますので、限度額があり、それを超えた損害は加害者が負担しなければなりません。そこで、上乗せ保険として任意保険が作られています。自賠責に対しては、被害者から保険金を請求することができますが(被害者請求といいます)、加害者が任意保険に入っているケースでは、自賠責保険分を含めて任意保険が被害者に示談金を支払い、その後で、任意保険が自賠責から回収するという方法(これを一括払いとか一括請求といいます)が取られています。この方法ですと、被害者は全ての手続を任意保険にまかせればよくて便利なように見えますが、ここに落とし穴があります。

任意保険会社とすれば、自賠責保険金分だけで示談できれば1円も自己負担することなく事件を処理できます。また、後遺障害がなかったり、あったとしてもランクが低いことになれば、損害を少なくでき、自己負担分を減らすことができます。

具体的には、どんなことが起こっているのでしょうか。

Aさんの場合

家族が交通事故で亡くなったAさんに保険会社の担当者が自分で作った資料を持ってきました。素人には理解できない図などが書かれていて、自賠責保険金でおさめることが被害者に有利などと書かれていました。納得できないAさんは私に相談に来られました。「とんでもない話です。こちらから請求すれば自賠責保険金が支払われます。」と答え、私が代理人になって自賠責に請求し、任意保険会社が示談金として示したのと同じ金額を自賠責から受け取りました。それから、本来の損害との差額を計算して、訴訟を提起し、約700 万円の追加支払で和解しました。もしも、Aさんが保険会社の話に応じていれば、保険会社は約700 万円も儲けたことになります。

Bさんの場合

交通事故の怪我で病院にまだ通院しているBさんに突然、任意保険会社の顧問弁護士から通知がきました。通院中であることを無視し、後遺障害もないという前提で、示談金約30 万円の提案でした。相談に来られたBさんに「後遺障害の有無を判断できる時期(これを症状固定といいます)かどうかを医師に相談して下さい。まだ治療継続の必要性があるということならその診断書を、症状固定時期であり後遺障害があるということなら後遺障害診断書を書いてもらうことになります。」と答えました。その後、後遺障害診断書が作成されましたので、私が代理人となって自賠責に請求すると、12 級の後遺障害と認定され、224万円が支払われました。勿論、これは最低保障ですから、後遺障害については、12級を前提とする逸失利益(今後の減収分)と慰謝料(大阪地裁の基準額は280 万円)の合計を計算し、自賠責から受け取った224 万円を控除した残額を加害者に請求することになります。

Bさんが、もしも顧問弁護士からの通知に応じて、後遺障害がないという前提で僅かな増額で示談していたとすれば、任意保険は、後遺障害に関する自己負担分を免れたことになります。最近、このような示談案を送りつけるケースが目立っています。

Cさんの場合

この任意保険は、一応、後遺障害の説明をして「診断書を送ってもらえば、こちらで手続をします」と言いましたので、Cさんは診断書を送りました。後遺障害の認定は自賠責の調査事務所で行いますが、任意保険会社から持ち込む方法を、示談に先立って認定を受けておくという意味で「事前認定」と言います。しばらくして、任意保険から「14級と認定されました」という連絡があり、14級を前提とする示談案が送られてきました。Cさんは、14級がおかしいとは思わず、計算方法や金額が妥当かを確かめるために相談に来られました。私は、「これだけの症状があるのなら、12級が認められる可能性があります。筋電図検査などの検査を受けるべきです」と答えました。

Cさんが筋電図検査を受けると、異常があるという結果が出ましたので、私が代理人になり、筋電図検査報告やCさんの報告書(事故の状況・症状・治療内容・現在の症状・仕事や日常生活への支障などについて詳しく書きました)をつけて自賠責に異議申立を行いました。審査の結果、Cさんは12 級と認定されました。14級から12 級に上がったことによりCさんが得た増額分は自賠責保険金を含めて約500 万円になりました。たった1通の検査結果でこれだけの差が生じたのです。

どうして、こんなことが起こるのでしょうか。それは、自賠責の後遺障害認定のシステムにあります。体に傷跡(醜状)が残った場合を除き、被害者に面談することもなく、持ち込まれた資料だけで判断します。保険会社にまかせておくと、診断書を放り込まれるだけです。いわゆる「被害者の顔が見えない」まま手続が進められます。必要な資料は、被害者から積極的に持ち込まないと考慮してもらえません。

追突事故の場合に典型的なむちうちの場合、14級は「局部に神経症状を残すもの」で、12級は「局部に頑固な神経症状を残すもの」です。「頑固な」だけの差ですが、その意味について、14級は神経系統の障害が「医学的に説明可能なもの」であるのに対し、12級は「他覚的に(客観的に)証明される場合」とされています。したがって、医学的検査で異常があれば、証明されたことになる可能性があるのです。

しかし、保険会社はこんなことを教えてくれませんし、「こんな検査を受けたらどうでしょうか」というアドバイスもしてくれません。後遺障害のランクが上がれば、自己負担分が増えるのですから当然です。

以上から、現時点における交通事故の被害者の心構えは次のようになります。

  1. 示談屋には近づかない(適正な賠償請求がなされず、不当な報酬を取られるだけです)。
  2. 任意保険の担当者や顧問弁護士のいうことが正当かどうか必ず確かめる。
  3. 特に重要な問題である後遺障害については、自分の体の状態に関心を持ち、医師と良く相談して、自分は○級の後遺障害に該当するはずであるという目標を持ち、必要なデータをそろえる。
  4. 任意保険にまかせない。
  5. 自賠責への被害者請求を活用する(自賠責保険金を受け取っておくと、訴訟する場合も資金的に余裕がでます)。
「まきえや」2006年秋号