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人の心に寄り添える弁護士に

人の心に寄り添える弁護士に

寺本 憲治弁護士 寺本 憲治

自己紹介

2011年1月より京都第一法律事務所で勤務しております、弁護士の寺本憲治と申します。私は京都市右京区で生まれ育ちました。大学・大学院時代も京都で過ごしたため、30年近くになります。私は京都が大好きです。弁護士としてこの街の皆様のために働けることを大変嬉しく思っております。

京都で過ごした学生時代

京都は自然が多く、四季の移り変わりをとても身近に感じることができます。私は鴨川が好きです。学生の時は毎日、自転車で渡っていました。弁護士となった今もランニングにいきます。春は川沿いの桜色と柳の黄緑、それに中州に咲く菜の花の黄色で、暖かく楽しい気持ちになります。それが、日に日に緑が深まり、暑い夏が来ます。秋になると、朝晩の冷え込みが少しずつ厳しくなり、やがて木々が赤やオレンジ色に染まります。そして、葉が散り冬が来ると、茶色い草々に白い雪が積もります。こうした美しい季節の移り変わりを肌で感じて、その度に自分は幸せだなとしみじみ思います。

自然の美しさだけではなく、人が積み重ねてきた歴史も京都では深く感じることができます。実際に京都に住んでいて、観光地に行くことは少ないですが、それでも県外から来た友人には京都の街を案内します。京都には昔ながらの町屋も多く残っています。最近増えてきた、そうした町屋を改装した飲食店も県外の友人には喜ばれます。町屋でゆっくりと流れる時間はとても居心地がよく、つい長居してしまいます。最近は忙しく、行く機会も減ってしまいましたが、そうした店でまた趣味の読書を楽しみたいものです。

司法修習先の広島で平和問題を考える

長年、京都で生活してきた私ですが、司法修習の1年間は広島で過ごしました。平和問題に強く関心を持っていたからです。弁護士修習で指導して下さった先生は、広島で議員定数不均衡訴訟にも携わられていた先生で、多くのことを学ぶ貴重な機会となりました。

京都と広島の街では大きく異なるところがあります。それは広島の街がとても新しいところです。広島も京都と同様に自然が豊かな街ですが、木々は若く、京都とは違った印象を受けます。原爆で街が焼けてしまったからです。広島の街はとてもきれいに整備されていますが、京都とは違った街の新しさに悲惨な歴史の重みを感じます。

京都に戻り弁護士となってからも、私は原爆症認定訴訟の弁護団に入り活動しています。平和憲法が制定されて65年。日本の街が戦火で焼け野原になることはなくなりましたが、戦争の被害に苦しむ人々は今も大勢います。

弁護士の仕事を始めて

京都へ戻ってきて弁護士になり、約4ヶ月が経ちました。私は時々、法律の勉強を始める以前のことを思い出します。その頃の私は、弁護士は法律を知り尽くして正義のために戦うヒーローのような存在だとイメージしていました。実際に法律を学び始めてみると、その数は膨大で人間一人が全てを知り尽くすことは不可能とも思えます。しかし私は、依頼者の方にとって万能な正義の味方となることを目指して、勉強を続けていきたいと思います。

弁護士の仕事は、事件から法的に意味のある証拠を見つけて、主張を固めていきます。私は依頼者の方の言葉から法的意味だけではなく、何故その言葉が発せられたのかを考えるように心掛けています。人の心に寄り添える弁護士でありたいと思うからです。証拠を整理する過程のなかでも、依頼者の方は事件を振り返ります。結論の出ない状態に道筋をつけて、依頼者の方が前に進む手助けをすることが弁護士の大事な仕事であると私は考えます。

京都第一法律事務所ではベテランの先輩弁護士に囲まれて精進する毎日です。ベテランの弁護士と一緒に法律相談に入ると、それぞれ独自のスタイルを持ってらっしゃることがよくわかります。法科大学院で出会った弁護士が、「ダイヤはダイヤでしか磨けないように、人は人でしか磨けない」と仰っていました。私も一日も早くベテランの弁護士となれる日が来るよう、それぞれの事件、そしてそれに関わるそれぞれの人たちと向き合い、自分を磨いていきたいと思います。

先日、初めて判決に至ったある刑事事件で、被告人の家族の方にとても感謝して頂くことができました。「ありがとう」と言ってもらえる弁護士になることは受験時代からの夢でしたが、これほど力が湧いてくるとは思いませんでした。どんな事件にも正面から向き合い、力を尽くしたいと思います。

「まきえや」2011年春号