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企業を再生させた組合の歩み 更生法20周年の集いに参加して

企業を再生させた組合の歩み 更生法20周年の集いに参加して

弁護士 村山 晃

あれから20年

KBS京都放送は、京都で唯一のテレビ波を持ち、ラジオ放送と合わせて京都の人たちには、なじみの放送局です。その放送局が、反社会的勢力から狙われ、食い物にされ、あわや「廃局か」というところに追い詰められたのが、今から20年前のことになります。

ここで頑張ったのが、労働組合でした。会社更生法という、ほとんど聞いたことのない法律を、組合員を中心に、ほとんどの従業員が申立人となって、京都地方裁判所に申し立てました。それが20年前の9月22日のことです。そして、見事、KBSを再生させ、放送の灯を守り抜いたのです。

20年後の同じ日(2014年9月22日)、組合の主催で20周年の集いが、KBSホールで開催されました。みんなそれなりに齢を重ねましたが、誇りに満ちた笑顔の集まりは、いろんな会合の中でも、楽しいひとときとなりました。

経営陣らと激しい対立の中での申立

当時の経営陣は、「更生法の申立は自殺行為」として、激しく抵抗しました。しかし、一方で、146億円もの根抵当権にもとづく競売手続が、本社社屋(御所の西側にあります)の土地建物や放送機材も丸ごと対象にして、進んでいました。

一番肝心な放送免許は、このような事態を受けて「1年間の限定免許」しか付与されず、その期限も迫っていました。このままでは、免許更新も危ない状態だったのです。

これらをすべて解決したのが更生法でした。激しい経営者の攻撃のなか、放送の灯を守るには、これしかない、と申立に踏み切ったのです。本当に勇気のある選択でしたが、確かな未来を見据えた選択でした。

例をみない勇気ある快挙

労働組合の組合員が中心となった申立は、多くの人たちを驚かせました。しかも会社の経営陣が反旗をひるがえすという大変な事態のなかであっただけにひとしおでした。

申立を受ける裁判所の動揺ぶりも、目に余るものがありました。申立前に、裁判官ときちんと交渉しておくことも、この種の申立では不可欠です。でも、その際、裁判官が、「申立をしたら倒産するよ」と言った時には、愕然としました。

一つの会社を再生させるのですから、いろんな人たちの支援・協力が不可欠です。もちろん裁判所も、その気にさせないといけません。

裁判官と組合員の面談の場を作り、いろんな職場の人たちに、「再生への確信」を語って貰いました。何が、今の事態を招いているのか、更生法になれば、どうして再生できるのか、裁判官を説得し続けたのです。

現場で働いている人たちの「未来を見る目」は本当に確かでした。裁判所も、「粛々と更生手続を進めていく」と表明したのです。そして、関門はひとつひとつ突破していきました。

その前の20年(40年前)

私とKBS労組とのお付き合いは、それからさらに20年前にさかのぼります。当時、組合は、会社の手によって、二つに分断され、会社が敵視する組合の組合員に対して、激しい昇格差別が加えられていました。

まだ弁護士になって日の浅い私のもとに、一人の組合員の人が訪ねてきました。「このまま差別を放置しておくことはできない」との訴えを聞き、すべての社員の現在の役職を、組合別の一覧表にすると、鮮やかな差別政策が浮かび上がってきました。「よしやろう」ということで、申立適格者が次々集まりました。

そして差別是正を地労委(府労委)に申し立てました。審理は、月3回とか、丸1日とか、すごくハードな日程になりましたが、それをやり切って、短期間で鮮やかな勝利を収めました。この命令を受けて差別は完全に是正されました。

そしてしばらくして、今度は、今で言う「偽装下請」の人たちの社員化闘争が始まりました。下請会社からの解雇攻撃にも屈せず、社員化を求めた闘いは、京都地裁の仮処分事件で、KBSの「正社員としての地位を仮に定める」という画期的勝訴を獲得し、やがて社員化が実現しました。

闘えば道が開ける

こうした取組を経て、組合は、統一して一つになり、これが再生に大きな力を発揮しました。労働者の心を一つに出来たこと、組合が、これまでいろんな闘いに臨み、闘えば道が切り開かれるということを実感してきたこと、再生をさせるために、何が求められているのか、そのために何をなすべきか、勉強に勉強を重ねたこと、そうした積み重ねが、会社の再生を生み出したのです。

私自身、この組合との闘いに、半世紀近くにわたり、参加してこれたことを、何よりもうれしく思っています。

 

「まきえや」2014年秋号