日本環境法律家連盟「環境と正義」掲載

菓子工場からの「甘いにおい」を原因に周辺住民の損害賠償請求を認容

菓子工場からの「甘いにおい」を原因に周辺住民の損害賠償請求を認容

1.判決の概要

本判決は、違法操業の菓子工場(以下「会社」)により周辺住民が臭気や騒音に3年3ヶ月間さらされ続けたことに対し、周辺住民17名とⅠ法人が会社と京都市に対し損害賠償請求を求めた事件(請求額合計約2100万円)で、周辺住民の工場に対する損害賠償請求を一部認容(1人16万5000円、総額280万5000円)したものです。

判決は、住宅地で50㎡以上の工場は認めらない地域で、建築確認は「倉庫・事務所」で取得しておきながら、意図的に工場へ転用した業者の悪質性を指摘しました。

そして、法規制の定められていない菓子工場の「クッキーの焦げたような臭い」や騒音規制値を上回らない騒音についても長期間さらされ続けることは相当な苦痛であることを認め、業者の悪質性に鑑みれば受任限度を超えるとしたことは評価できます。

他方、使用制限命令を出すことを長期間怠り、制限命令の期間経過後も業者が移転を表明しているとして刑事告発に踏み切らなかった京都市の責任は否定していることは不当です。

本判決は、「甘いにおいに賠償命令」等の見出しで、新聞、テレビで予想外に大きく報道されたため、そのポイントについてご紹介いたします。
(なお、本件は大阪高裁で2011年2月14日、和解により終結しております)。

2.紛争の経過

現地(京都市南区)は第2種住居地域の住宅街で、床面積が50㎡を超える工場は、建築基準法(48条6項)上も認められません。

もと駐車場(敷地面積1690.85㎡)であったところに、「倉庫、事務所」として、建築確認が取得され、確認上は、その「変更」により、50㎡の範囲で工場を併設するとされていましたが、実際は、延床面積(変更後1611.76㎡)の大半を菓子工場として営業を開始したのです(2005年2月)。

菓子工場からの「におい」については、種類によりバリエーションはありますが、が、「クッキーの焦げたような臭い」が周辺住宅地に漂います。

これは短時間であれば問題なくても、毎日・長時間さらされると、苦痛に感じる者にとっては、相当な苦痛です。殊に、洗濯物に「甘いにおい」が付着すると、干せません。昼間干していた布団から、夜寝るときに、「もわーっ」と甘いにおいがただよってくる状況を想像してみてください。また、工場からの機械騒音(ハンマー音、コンプレッサーのベルト音及びシューという音、ダクト音等)や搬入(出)業者の車両の騒音も、住宅地の真ん中の(違法)工場であるため、相当な苦痛でした。

周辺住民は、当初から京都市に対しても何度も工場の違法性を指摘して、やめさせるように指導を求めてきましたが、京都市は2005年11月に機械の一部を別の工場に移転させたものの、形式的な指導だけでこれを放置し、会社は「たいしたことない」と指導を無視し続けました。住民は京都市議会でもこれを問題にした結果、京都市は2006年9月になって、ようやく同年10月末を期限とする「使用制限命令」(建築基準法9条1項)を発動しました。ところが、期限が過ぎても会社は、「移転先を探しているのでもうしばらく待って欲しい」と違法操業を継続し京都市は形式的な指導を続けるだけで、刑事告発もしませんでした。

3.京都府公害調停の利用

冒頭で、「予想外に」と書きましたが、実は、この事件の法的手段の中心は、京都府公害調停の利用(2007年11月8日申立)でした。

既に住民自身で、2007年春の段階で、京都市相手に裁判所の調停を利用されていましたが、ほとんど機能せず、不調に終わった段階で受任した事件です。

申請は、京都府と会社の双方を相手方として、次の通りとしました。
 申請の趣旨は次の通りです。

  1. 被申請人会社は、2006年9月29日付公告の第2種居住地域別紙京都市長命令に従って、悪臭及び騒音等被害を防止するため、これを直ちに実行すること。
  2. 被申請人京都市長は、被申請人株式会社石田老舗に対し、悪臭及び騒音等被害を防止するため、別紙京都市長命令を直ちに実行させること。
  3. 被申請人会社は、A(法人)除く申請人ら各自に対し、悪臭及び騒音等に対する損害賠償として、各金320万円及び2007年10月21日以降工場の操業停止に至るまで、1ヶ月あたり各金10万円の金員を支払え。
  4. 被申請人会社は、申請人A法人に対し、悪臭及び騒音等に対する損害賠償として、金238万円及び2007年10月28日以降工場の操業停止に至るまで、1月あたり各金34万円の金員を支払え。

調停中、業者は、「移転先が見つかった。今、移転の準備を進めているが認許可や建築にしばらく時間がかかる」、京都市は「移転を求めている。移転先が決まった」と弁明し、なお操業が続きましたガ、ようやく2008年6月に工場の移転がなされ、被害の継続は終わりました。

残るは、「損害賠償」問題で、最終的に調停委員から解決案が出されましたが、100万にも満たない金額であったため。当方の了解できるものではなく、公害調停は一定の目的は果たしたものの、不調に終わりました。

また、併せて、「使用制限命令」(建築基準法9条1項)違反を理由に、住民で刑事告発もしましたが、これについては検察庁は工場が移転した段階まで寝かせたうえ、不起訴処分としてしまいました。

そこで、会社に対する損害賠償と、京都市には使用制限命令の発動の不作為及び告発義務の不作為についての損害賠償を求める裁判(2008年12月12日提訴)に至ったものです。

4.裁判と判決

住民は京都市情報公開条例を利用して、京都市の会社に対する指導内容とそのやりとりの経過資料(但し、黒塗り部分が多い)を入手しておりこれは裁判で大いに役に立ち、黒塗り部分の少ない資料を京都市に裁判で提出させることができました。

現場検証(進行協議期日)や、京都府公害調停の際の現地検証の際の工場内部の写真は、裁判官の説得にそれなりに役だったと思います。

「受忍限度」の判断にあたり、「におい」とりわけ「甘いにおい」の立証は難しく、また、「騒音」も単独では規制基準に満たないものであったとしても、被害期間の長さ、事業者の悪性の強さを含めて総合考慮して「受忍限度を超えるにおい、騒音」と認定したことは意義があります。

以下、重要部分の引用です。

・ 本件では、被告会社が建築基準法に違反して本件工場を操業したことに争いはない上、上記1(1)記載の経緯に照らすと、被告会社は、当初から本件土地に工場を建設する意思がありながら.故意にこれを秘して建築確認申請を行った疑いが濃く、少なくとも重大な過失により上記建築準法違反に至ったといわざるを得ない。

また、被告会社は、被告市による違法状態是正のための行政指導に対し、一応これに従う態度を取り、是正計画を提出してはいるものの、その内容には員体性がない上、自ら提出した計画であるにもかかわらずこれを遵守するための積極的な努力をした形跡もないまま期限を徒過し、むしろ何とか現状を維詩しようとするような言動をとったり、上記1(4)ケ記載の事実のように、被告市の指導に反発する態度をとったり、あるいは上記1(4)ク記載の、事実のように使用制限命令を公示する看板を裏向きにしたりするなど、自らが違法状態を現出していることの重大さについての認識を欠く対応をとったことから.違法状態を完全に是正するまでに、初めて行政指導を受けてから約3年3か月もの長期間を要したこと等に鑑みれば、被告会社が行った対応は法をあまりに軽視した悪質なものというほかない。

原告住民らは、被告会社が移転する前から本件土地周辺を生活の本拠としていて、被告会社の本件工場の操業開始当初より、被告市に対して騒音及び悪臭を訴えて是正指導を求めていたが、被告会社の上記のような悪質な対応により、最終的に被告会社が本件工場から機械を移転するまで約3年4か月間の長期にわたり、原告らは上記騒音及び臭気のため、不快感を抱えた生活を余儀なくされたといえる。

・ 他方、本件工場周辺の騒音測定値は本件工場からの機械移転の前後で大きく変わっておらず、客観的に本件工場からの騒音が、公法上の規制基準を超えていたということはできない。また本件工場が発する臭気は、菓子特有の甘いにおいであり、これを不快と感ずるかについては個人差が大きいものと考えられるから、一般人をし不快にさせるものとは直ちにいえない。このような趣旨において、上記騒音や悪臭による被害に関する原告乙野の供述を全て採用することはできない。

しかし、音やにおいによる不快感は、短蒔間であればともかく、長期聞にわたり、日中、継続的なものである場合には、かなりの苦痛となるものと認めるのが相当である。加えて、上記(2)記載のように、本件における侵害行為は態様が悪質であり、原告らが長期間にわたり被害を訴え続けていたこと等に照らすと、本件工場の発した騒日及び臭気は、原告らの受忍限度を超えていたというべきである。

以上