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学生や教員が労働安全衛生法に適合しない設備で実験

学生や教員が労働安全衛生法に適合しない設備で実験をした

大河原 壽貴弁護士 大河原 壽貴
化学同人刊行、「化学」2005年12月号掲載
今月の相談不十分な設備のもとで実験を行い、学生や教職員が負傷したり健康障害を負った場合、どのような責任が生じるのでしょうか?

労働安全衛生法とは

労働安全衛生法とは、労働基準法と相まって、労働災害の防止に関する対策を推進することで、職場における労働者の安全と健康を確保するとともに、快適な職場環境の形成を促進することを目的とした法律です(1条)。この法律は「事業者」すなわち、労働者を使用して事業を行う者すべてに適用され、私立大学はもとより、2004年4月1日より独立行政法人化された国立大学法人にも適用されます。

独立行政法人化前の国立大学については、「人事院規則10-4(職員の保険及び安全保持)」が適用され、問題が発生しても国が最終的な責任を負い、また、罰則などもありませんでした。しかし、独立行政法人化して労働安全衛生法が適用されることになると、安全衛生に関しては各法人が責任を負い、法律違反については刑事罰が科されるなど、これまでよりも一層厳格な安全管理が求められることになります。

たとえば、労働安全衛生法では、原材料・ガス・蒸気・粉じん・酸素欠乏空気・病原体などによる健康障害や、放射線・高温・低温・超音波・騒音・振動・異常気圧などによる健康障害などについて、これらを防止する措置を講じることが義務づけられています(22条)。実験室などでふだん使用している有機溶剤や化学物質の多くは人体に有害性のあるものですから、使用する場合にはドラフトチャンバーなどの換気装置を設置したり、実験室内の化学物質濃度を測定したり、また、健康診断を実施したりしなければなりません。これに違反した場合には、6カ月以下の懲役または50万円以下の罰金に処せられることとなります(119条)。

教職員に健康被害が発生した場合

それでは、不十分な設備のもとで実験などを行い、事故などにより教職員が負傷したり、化学物質や放射線などで教職員が健康障害を負った場合、どのような責任が生じるのでしょうか。

大学と教職員とのあいだには雇用契約関係が存在します。私立大学の場合は従来から雇用契約関係でしたが、国立大学についても、独立行政法人化により、これまでの公務員関係から大学と教職員の雇用契約関係になりました。雇用契約に基づき、使用者である大学は安全配慮義務を負うことになります。安全配慮義務とは、「ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、当該法律関係の付随義務として当事者の一方または双方が相手方に対して信義則上負う義務」であり、判例でも認められています(最高裁判例 昭和50年2月25日)。したがって、不十分な設備のもとで実験などがなされていた場合、大学は、安全配慮義務違反として教職員の負傷や健康障害によって生じた損害を賠償する責任があります。

また、コラムの判例のように、指導教授に実験の安全確保のための注意義務を怠ったという過失が認められると、指導教授や大学も損害を賠償する責任を負うことになります。

ただし、たとえば、ほかにドラフト装置のある実験室があるにもかかわらず、教職員自身が化学物質をドラフト装置のない実験室にもち込んで実験を行った結果、健康障害が発生した場合など、教職員の側に過失がある場合は、大学が損害賠償責任を負わない、あるいは、一定の割合で過失相殺がなされるということがあります。

なお、教職員の負傷や健康障害が、業務によって発生したもの(業務起因性)であると認められれば、負傷したり健康障害を負った教職員は労災保険からの給付を受けることができます。この点については、国立大学法人で働く教職員の場合も同様に給付を受けることができます。

学生に健康被害が発生した場合

学生の場合、大学とのあいだに雇用契約関係があるわけではなく、いわゆる「労働者」には該当しません。しかしながら、学生は学費を支払い、大学は施設を使用させ、教育と研究の機会などを提供するという内容の契約関係が学生と大学とのあいだにはあると考えられます。そのため、その契約に付随して教員の場合と同様、大学に安全配慮義務があるものと考えられます。

したがって、不十分な設備のもとで学生に実験をさせた場合などは、安全配慮義務違反として損害を賠償する責任があります。指導教授に安全確保を怠った過失があった場合に、指導教授や大学が損害賠償責任を負うことや、学生自身にも過失がある場合に過失相殺などがなされることも、教職員の場合と同様です。ただし、学生は「労働者」には該当しませんので、労災保険の適用はありません。

なお、学生が「労働者」に該当しないこととの関係で、労働安全衛生法上は学生については安全衛生管理の対象とはなっていません。しかしながら、学生については学校教育法や学校保健法の適用があり、大学は、学生との関係でも健康診断や危険防止など、必要な措置を講じる義務が課せられています。実際、学生は教職員などとともに教育研究に関わっているのですから、同様の安全衛生管理の対象とすべきでしょう。

コラム

安全確保を怠った実験事故に関する判例

事案の概要

国立大学研究所助手が、研究所付属実験所において、同研究所教授の指導のもとで、電気雷管による火薬爆発を利用した極強磁場下におけるゼーマン効果の磁気分光学的実験を行うための準備作業として、爆発室内で円筒型爆縮セットの設置位置調整作業をしていたところ、同セットに充填されていた爆薬が突然爆発し、顔面挫砕骨折により即死した事案。

判例の要旨

指導教授は、本件実験を遂行してきた研究者グループを主宰する教授で、実験所長も兼ねており、本件実験全般について、施設管理、安全管理を総括してきた。さらに本件実験は火薬類を取り扱うところ、本件実験を行う研究グループにおいては実験従事者のうち指導教授ともう1名の助手が火薬類取扱保安責任者免許を所持しているにすぎず、県知事に対する火薬類消費計画の届出においても指導教授がその正規保安責任者となっていた。学校教育法では、教授は学生を教授しその研究を指導するとされ、教授会は本件実験の安全対策を含む重要事項を審議するとされている。

上記のような指導教授の権限や地位に鑑みると、指導教授は本件実験の主宰者として、本件実験における安全操作などの措置が確実に遵守されるように各措置の責任者・担当者を指定または指名し、本件実験にとりかかる前にも、自ら措置の遵守状況を確認したうえで、措置が遵守されていないときは安全操作をなし、あるいは担当者に安全操作をさせるべき義務があったことは明らかであるのに、これを怠り、その結果本件事故を招いたものというべきであり、指導教授には本件事故の発生について過失があったというべきである(仙台高裁 平成7年12月11日判決)。

補足

この事案は国立大学の独立行政法人化前の事案なので、公務員である教授個人は責任を負わず、国のみが損害賠償責任を負う結論となっていますが、独立行政法人化以後の場合、国立大学法人と教授の双方が損害賠償を負うことになります。