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学生が学内施設を不法占拠

学生が学内施設を不法占拠した!

藤澤眞美弁護士 藤澤眞美
化学同人刊行、「化学」2005年10月号掲載
今月の相談学生運動などで学生が当然の権利として学生寮などを占拠したり、学校の施設・設備を破壊したことに対し、大学が懲戒処分をした場合、どのような問題が生じますか?

学生運動が下火になったといっても、大学の移転や廃寮をめぐって大学と学生が対立し、学生が学生寮やサークル施設を占拠・破損することがあります。また、とくに政治的宗教的理由がなくても、学生が学内施設を占拠・破損することもあるかもしれません。このような場合、刑事責任や民事上の損害賠償の問題以外に、大学の学生に対する懲戒処分(有期・無期の停学処分、退学処分など)の適否が問題となります。

一般に、それぞれの大学は、「本学の秩序を乱し、その他学生としての本分に著しく反した者は、教授会の議を経て、学長が懲戒する」といった懲戒規定を学則で決めているようです。問題は、(1)学内施設の占拠などが学生の「当然の権利」といえるのか、(2)懲戒処分を行うに際しての大学側の裁量権の範囲をどう解するか、でしょう。

学生は大学自治の主体なのか

(1)の学内施設の占拠などが学生の「当然の権利」かどうかを考えるにあたっては、まず学生が大学自治の主体となるかが問題となります。憲法23条における大学の自治とは、一般に、大学の教員や教授会がもつ教員人事の自治権、大学の施設管理や学生管理の自治権と解されてきました。有名な東京大学のポポロ事件判決(最高裁判所 昭和38年5月22日判決)でも、大学の自治の内容を教官・研究者(教授会)の自主的な判断と処理の権能として認め、学生を大学自治の担い手としては認めていません。またこの判決は、学生の施設利用について、教員・研究者の自由と自治を保障するの伴う事実上の効果として学生が施設を利用できるにすぎないと否定的な立場をとっています。もっとも、学説上は学生も大学における学問研究の主体であり、大学に不可欠な構成員であるという立場も主張されています。

1960年代の大学紛争以降、大学の自治の新しい側面が問題とされることとなりました。すなわち、学生が大学と社会との結合体に抵抗し抗議するために諸種の行動をとるようになり、学生のこれらの行動に対して大学側が懲戒処分を加えるようになったのです。そのようななか、学生の自治への参加については各大学が自主的に決定すべきであるとする判例もでてきました(東京地方裁判所 昭和46年6月29日判決)。この判例は国立大学の事例ですが、学生は、教官・研究者による大学管理の単なる対象ではなくて、教官・研究者の管理・運営を批判しこれに反対する正当な権利があるとしましたが、一方で、単なる言論による批判の域を超え、大学の教育的な活動を妨げる行動にでることまではできないとしました。

この判例に対して、学生に批判者としての立場を認めながら、学生の管理運営権に関する発言権の承認を被批判者たる大学側の一存に任せているという批判がありますが、いずれにしても、学内施設の占拠などを大学の自治から導かれる学生の「正当な権利」と主張することは困難であり、大学側に学生に対する懲戒裁量権は認められているといえるでしょう。

学生に対する懲戒裁量権

そこで大学が、学内施設・設備を占拠・破損した学生に対して、停学(無期・有期)や退学といった懲戒処分をした場合に、学生の思想・表現・集会の自由、教育を受ける権利など、憲法が保障する基本的人権との関係で大学が懲戒裁量権を濫用・逸脱していないかが問題となります。

懲戒裁量権の範囲については、従来最高裁は処分権者に広範な教育的裁量権を認めていますが、学説は一般に裁量権の妥当領域を狭く限定し、判例も事実上大学の裁量権の範囲を狭く限定したものがいくつかあります(金沢地方裁判所 昭和46年3月10日判決、甲府地方裁判所 昭和42年6月15日判決など)。前記の東京地方裁判所での判決では「大学の研究教育に回復しがたい重大な侵害を加えるものではない抗議行動は、規律違反として懲戒されてはならない」、「大学紛争過程中の行為が処分事由とされているときには、処分者が紛争の一方の当事者たることに鑑み、当該行為の法的評価は、大学側の態度事情と合わせて流動的・相対的になされるべきである」として、大学の裁量権を限定しました。しかし、具体的適用においては、裁量権を逸脱・濫用したとは認めがたいと述べています。

主張と立証の機会の問題

裁量権の範囲かどうかを判断する重要な要素として、処分を受ける学生側に「主張と立証の機会を与えたかどうか」という問題があります。

最高裁判所は、憲法31条は「適正な法的手続き」を要請しているものと解し、そのおもな内容は処分の相手方に対して「告知、弁解、防御の機会」を与えることであると判示しています(最高裁判所 昭和37年11月28日判決)。この判決は刑事手続きに関するものですが、行政処分の手続きに関しては、いわゆる個人タクシー事件で、行政処分においても「公正な手続き」が要請される場合があることを示しました(最高裁判所 昭和46年10月28日判決)。

どのような場合にどのような手続きが必要とされるか、明確な法理はありませんが、学生の懲戒処分について、裁判所は概ね次のように判断しているようです。「懲戒処分について、憲法31条の規定は直接には適用されないが、裁判所は実際に行われた手続きを審査し、処分の公正性の確保について配慮し、懲戒処分の濫用にかかわるものとして手続きの問題を審査する」。もっとも、弁明の手続きが画一的に必要とされているわけではなく、処分をめぐる状況によってはこの手続きを経ない処分であっても、公正さに欠けるところがないとされる場合もあるということです。

今回の場合

今回の場合は、具体的経過は明らかではありませんが、学生が学内施設・設備を占拠・破損したからといって、ただちに大学が学生を懲戒できるというものではなく、学生が占拠・破損にいたった理由、占拠・破損の程度、大学の教育研究に及ぼす影響や、大学側の対応経過、弁明を含む処分にいたる手続きなど諸般の事情が総合的に判断されるべきでしょう。もっとも、学内施設を利用して行われる集会は、それが抗議行動を目的としたものであっても、憲法で保障された正当な権利です。したがって、もし正当な権利行使として行われた集会の主催者などを大学側が処分することは、懲戒裁量権の濫用といえるでしょう。

なお、私立大学の場合は、一般的に独自の校風を堅持し、学内規則を定めて具体的命令を下す権能が大幅に認められていますが、憲法が保障した基本的人権は、直接的であれ間接的であれ、私人間でも効力をもちますから、私立大学といえども、学生を過度に規制して、人権を侵害することは許されません。公立大学よりも校風なども含めて広い裁量権が認められるものの、やはり裁量権の濫用・逸脱が問題となることは変わりありません。

コラム

東大ポポロ事件

東京大学の大教室における劇団ポポロの発表会に立ち入っていた私服警察官を発見した学生が、警官をこづいて警察手帳を取りあげた行為が起訴された刑事事件。第1審・第2審とも、警官の立ち入りが大学の自治を侵した違法があるとして無罪を判決していましたが、最高裁判所は学生による大学の自治を認めず破棄差戻し、その後、学生の有罪が確定しました。