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無断でクローン胚をつくってしまった

無断でクローン胚をつくってしまった!

藤澤 眞美弁護士 藤澤 眞美
化学同人刊行、「化学」2005年4月号掲載
今月の相談研究者が無断でクローン胚をつくったり、その研究成果を学会で発表した場合、どのような法的問題が生じるのでしょうか?

人クローン規制法

クローン技術に関して、日本では「ヒトに関するクローン技術等の規制に関する法律」(以下「人クローン規制法」と略す)が制定されています(2000年 11月30日成立)。その内容を一言でいうと、人の尊厳に反するクローン人間などをつくりだす行為を法律で禁じ、他方で、クローン技術を利用した研究については届出制と指針による規制にゆだねるというものです。

まず同法においては、特定の人と同一の遺伝子構造をもつ個体または人か動物のいずれであるか区別がつかない個体をつくりだすことが、人の尊厳の保持などに重大な影響を与える可能性があり、その弊害が著しく大きいことから、これらの個体をつくりだすことに繋がる恐れのあるヒトクローン胚(ヒトの体細胞の核をヒトの除核卵と融合させて作製する胚:クローン人間のもととなる胚)、ヒト動物交雑胚(ヒトと動物の配偶子のハイブリッド)、ヒト性融合胚(ヒトの体細胞の核と動物の除核卵の融合胚)およびヒト性集合胚(ヒトの胚と動物の胚または細胞を集合させて作製する胚:ヒト動物キメラ胚)を人または動物の胎内に移植することを禁止しました(同法3条)。違反した場合は、10年以下の懲役もしくは1000万円以下の罰金、または両者の併科という重い法定刑によって処罰されます(同法16条)。

特定胚の取扱い

人クローン規制法では、胎内への移植が同法で禁止された胚に加えて、クローン人間および交雑個体に類似する個体を生みだす可能性のある胚を「特定胚」として、その作製・譲渡・輸入を文部科学省令に基づき届出をしなければなりません(同法6条1項)。届出をせず、または虚偽の届出をした場合には、1年以下の懲役または100万円以下の罰金という刑罰が科されます。

ここで問題となる「特定胚」の定義はかなり複雑ですが、上にあげた四つに加え、ヒト胚分割胚(ヒトの初期胚を分割して作製する胚)、ヒト胚核移植胚(ヒトの初期胚の細胞の核をヒトの除核卵と融合させて作製する胚)、動物性融合胚(動物の細胞の核をヒトの除核卵と融合させて作製する胚)、ヒト集合胚(ヒトの胚またはヒトの細胞を集合させて作製する胚:ヒト・ヒトキメラ胚)および動物性集合胚(動物の胚とヒトの細胞を集合させて作製する胚:動物ヒトキメラ胚)の合計九つが定義されています。

また、これら「特定胚」に関する研究目的での取扱いについては、文部科学大臣が定める指針を遵守することを要求しています(同法4、5条)。

これを受けて、「特定胚の取扱いに関する指針」(文部科学省告示第173号)により、人クローン規制法で許可された特定胚を用いる研究の進め方などが示され、大学その他の研究所において該当する研究については、この指針に沿って倫理審査委員会で審査・承認を受けたあと、さらに文部科学省で検討・承認された研究のみが実施できるようになりました。また同指針では、さしあたり動物性集合胚のみが「動物内でのヒト由来の臓器の作製を目的とする研究」のために作製することができるとされましたが、2004年6月に通った総合科学技術会議・生命倫理専門員会の答申により、ヒトクローン胚も研究可能になってきました。

その他の制限事項として、以下の4点が示されています。

  1. 細胞の提供者から書面で同意を得なければならない。
  2. 提供は無償で行われなければならない。
  3. 特定胚の輸入・輸出は、当分のあいだ行わない。
  4. すべての特定胚について、人や動物の胎内へ移植することは禁止する。

この指針は法律上拘束力のない通常の「指針」とは異なり、指針に適合しない場合には、必要に応じて計画変更命令や中止・改善などの措置命令、報告徴収や立入検査などがなされ(同法7条、12条、14条、15条)、違反者には1年以下の懲役または100万円以下の罰金という刑罰が科されることになっています(同法17条)。

今月の相談の場合では?

本件ではどのようなクローン胚を作出したか明らかではありませんが、法で定める特定胚にあたるのであれば、届出義務違反として刑罰を科される可能性があります。もっとも、当該特定胚の生成が偶然の事由による場合は、当該特定胚をただちに廃棄するか、事後すみやかに届けでることによって救済されます(同法第9条)。そして、仮に届出の要件を満たしたとしても、その内容が前述した指針の要件に適合しない場合は、必要に応じた措置命令などがだされることになります。

ただし、法で定める特定胚にあたらない動物のクローン胚の場合は、畜産、科学研究、希少種の保護、医薬品の製造などにおいて大きな意義をもつ一方で、人間の倫理の問題などに直接触れるものでないことから適宜推進すべきとされており、法的な規制からははずれることになります。

研究者として心にとめること

先にあげたヒトクローン胚研究の是非をめぐって行われた総合科学技術会議・生命倫理専門調査会では、容認派と慎重派の議論の溝が埋まらず、3年間も平行線をたどったまま、2004年7月の人クローン規制法の見直し期限を前に、薬師寺泰蔵会長が「人クローン胚作製の原則容認」の暫定方針案を打ちだし、10対5の「多数決」で決定したという経緯がありました。賛成したのは医学関係者で、倫理学や法学の専門家は反対しています。

このような危うい制度のなかで、ヒトクローン胚作製の科学的根拠について事実に基づいた検討が不十分なまま「人の道具化」が進められようとしています。ヒトクローン技術に関しては、特定の遺伝子が複製されることによる提供者との人間関係、受精という両性のかかわりのなかで子どもの遺伝子が偶然的に決められてきたという命の創造に関する基本認識との関係、特定の目的達成のために特定の性質の人をつくりだそうとする優生思想との関係、安全性などさまざまな問題が絡み合っています。科学者の方がたには、法的問題だけでなく、クローン胚の研究が新たな社会的問題を生まないか、科学的根拠があるかといった問題に一つ一つていねいな検討を積み重ねながら研究を進めていただきたいと思います。

コラム

クローン作製にまつわる事件

(1)クローン技術による妊娠を発表

2002年4月5日、イタリア人医師セベリノ・アンティノリ(Severino Antinori)がクローン技術による妊娠に成功し、現在8週目に達していると発表した。同月24日には、ロシアとイスラム教国でクローン技術により3人の女性が妊娠していると報告され、世界中から非難が集まった。しかし、これらがクローン人間であることの明確な証明はなされなかった。

(2)ヒトクローン誕生を発表

新興宗教団体「ラエリアン教(International Raelian Religion)」は、かねてよりクローン人間づくりを目指して企業「クローンエイド(Clonaid)」を設立し希望者を募っていた。そして、 2002年12月26日に世界初のヒトクローンの赤ちゃんが誕生したことを発表したが、これもクローン人間であることの明確な証明はなされなかった。