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宇治市給食調理員S氏労災(けいわん)事件

宇治市給食調理員S氏労災(けいわん)事件

村山 晃弁護士 村山 晃

「けいわん」認定闘争、連続勝利

2000年3月31日、この年度(1999年度)の最終日に、公務災害4連勝の最後を飾ったのが、宇治市の給食調理員Sさんのけいわん認定事件での大勝利でした。

けいわんは、いろんな職種で発生する。給食調理員にも、けいわんが多発していたが、業務上認定の扉は固く、多くが泣き寝入りを余儀なくされていました。そんな中、Sさんが、業務上の認定を求めて立ち上がりました。1993年のことでした。しかし、公務員の労災を扱う基金支部は、これを公務外(業務外)とし、支部審査会も、本部審査会も「外」としたため、裁判に打って出たのです。

公務災害を「外」とした基金と審査会の判断が争われた4つの裁判が、1999年度の1年間で連続して勝利したことから「基金」のあり方が大きく問われた年でした。

給食調理作業は、けいわんを発症させる危険な作業

京都地裁の判決では、「給食調理作業は、それ自体上肢に負担のかかる作業であり、頸肩腕症候群を発症させる危険がある」と正面から職業病であることを認めました。これは、全国の給食調理員に、限りない励ましを与えるものでした。

そして、公務外とされるときに、頻繁に使われる理由である「同僚職員と負担が同じ」「おおむね3カ月で治癒するので、それ以上かかるのは私病」という2つの口実については、これをばっさりと排除し、「同僚職員と負担が同じでも、業務起因性については影響がない」「新認定基準の3カ月治癒論は医学的根拠がない」と判断したのです。

このような判断の枠組みは、けいわんをはじめとする職業病全体に大きな影響を与えるものでした。もともと職業病は、他の人と比べること自体が間違っており、簡単に治るというのも本当に棋拠がないものでした。むしろ、そうした甘い健康管理体制が、病気を長引かせてきたのです。

子どもを正面にした手づくり給食の勝利

学校給食は、合理化のため、自校方式からセンター方式に移行するところが増えていきましたが、「子どもたちにおいしい給食を出し続けたい」という思いで、宇治市では市職員組合が自校方式を守る取り組みを行い、同時に、すべての食材を一から調理するというやり方に力を入れてきました。

しかしそれは、体に負担のかかる業務であることも間違いありませんでした。ところが、合理化に目を向ける当局側は、健康管理については、なおざりになっていました。そんな中で、Sさんがけいわんに罹患し、職場の同僚を中心に、認定闘争を支援する輪ができ、それが組合を動かし、そして、裁判闘争へと続いたのです。

多くの支援と事実の重さ

けいわんは、古くて新しい病気。学者や、医師の力を借り、そして、私たちは調理作業を詳しく再現して、どのように負担がかかるかを丁寧に裁判所に明らかにしていきました。

宇治市職員労働組合は、問題を全国に広げ、Sさん本人は、京都の同じように裁判を闘う仲問としっかりと連携し、裁判所を動かしました。裁判の勝利は、多くの人たちの力を得た結晶です。

この判決は、きわめて画期的なものでしたが、基金側は、控訴を断念し、一審で確定しました。それほど公務起因性が明確なものであったことも明らかです。

この公務災害4連勝の後、同じような裁判は続いていません。それは、認定の道を開いたことと、職場での健康管理が一定前進したことに負うところも大きいですが、未だ埋もれたままになっている問題も多いと思われます。

働き方が、もっと見直されない限り、同様の闘いは、これからも続くこととなります。

(事務所担当 村山晃)