活動紹介

高裁で賃料増額請求を一部排除し、訴訟費用の負担割合を変更させた事例

1 賃料増額請求とは

土地や建物の貸し借りにおける賃料は、地価や物価によって決まる面がありますが、親子何代にもわたって土地や建物を借り続けている場合、地価や物価の上下に関わらず賃料が据え置かれているケースも少なくありません。一方、借主の居住権は、借地借家法で手厚く保護されており、賃貸借契約の解除は容易ではありません。そのような、借主付きの土地や建物を不動産業者が安価で購入し、新貸主として、立ち退きを意図した賃料増額請求をするケースが後を絶ちません。

賃料増額請求は、一般的には内容証明郵便等での増額請求通知から始まり、協議にて賃料額の折り合いがつかなければ民事調停となります。調停委員には、不動産鑑定士等が選任されることも多く、専門的な知見を踏まえた調整がなされますが、それでも合意できなければ、訴訟となります。訴訟では、多くの場合、裁判所が選任した中立公平な不動産鑑定士による賃料鑑定が行われ、その結果を踏まえた賃料額に決定されることになります。

2 Aさんのケース(地方裁判所での審理)

ある建物に長年居住していたAさんは、その建物を購入したという不動産業者から、現行賃料3万円の2倍以上にあたる8万円の金額に賃料を増額するとの通知書を受け取りました。納得がいかず拒否したところ、業者は賃料増額調停を申し立てました。そして、調停でも合意に至らなかったため、業者から訴訟を提起されました。

そこでAさんは、京都借地借家人組合連合会に相談し、その支援を受けながら、自ら訴訟対応をすることにしました。

業者は、周辺の取引事例(新規賃料)を複数証拠として提出し、やはり8万円への賃料増額を求めていました。しかし、本件は長期間にわたって契約が続いている「継続賃料」の適正価格を算出すべきケースですので、「新規賃料」に関する資料の提出はほとんど意味がありません。そこで業者は、訴訟提起後すぐに賃料鑑定の申立を行いました。その後、裁判所が選任した鑑定人(不動産鑑定士)が賃料鑑定を行った結果、せいぜい1万5000円程度の増額が妥当であろうとの査定書が提出されました。すると、業者は査定結果に合わせた賃料額に請求額を変更する旨の申立を行いました。

月額賃料8万円への増額を求めていたものを、1万5000円だけの増額を求める請求に変更することは、訴えの一部取り下げです。訴えの取り下げには、相手方の同意が必要なのですが、Aさんにとっては自分に有利な展開ですから、同意しました。

すると、判決を受け取ったAさんはびっくり。賃料については、鑑定人の査定書通り1万5000円の増額となる訳ですが、訴訟費用と鑑定費用まで、全額Aさん負担とされたのです。

3 訴訟費用について

訴訟費用とは、裁判所に納める印紙代や郵便切手代等で、鑑定費用は鑑定人に対する報酬です。これらは、原則として敗訴者負担とされていますが、当事者の公平に資するよう、裁判官の裁量で当事者双方に分担させることもできます。実際、賃料増額請求訴訟では、多くの場合、当事者双方に訴訟費用等の負担をさせるような決定がなされてきました。

裁判所に納める印紙代は、訴訟で判断してもらう経済的な価値によって決まります。今回は、8万円への賃料増額を求める訴訟として、印紙代が計算されます。しかし、その請求には根拠がなく、賃料鑑定の結果、1万5000円の増額しか認められませんでした。とすれば、Aさんの言い分は正しかったのであり、実質的にはAさんが勝訴したというべきで、業者側に訴訟費用等を負担させるべきです。

しかし、業者が査定結果を受けて一部請求を取り下げ、Aさんがそれに同意した結果、形の上では、業者が全部勝訴した格好が出来上がってしまっていたのです。その点を全く考慮しなかった担当裁判官が、形式的に「敗訴者負担の原則」を適用し、全ての費用をAさんに負担させてしまったのです。

訴訟費用と鑑定費用を合わせると、40万円を超える負担になるため、どうにかならないかと、Aさんは京都借地借家人組合連合会を通じて当事務所に相談に来られました。

4 当事務所の対応(高等裁判所での審理)

訴訟費用の負担の決定だけを不服として、高等裁判所に控訴することはできませんので、賃料増額幅について不服理由が立たないか、判決書と査定書を当事務所で精査しました。

すると、同一時期に賃貸借契約が始まった同じ間取りの隣接物件の賃料が判決で支払を命じられた賃料よりも3000円低いこと、鑑定書において考慮すべき近傍賃料事例が考慮されていないこと等が判明しました。

そこで、上記隣接物件の賃料と同額の賃料への増額にとどめるべきことを求めて控訴し、その中で、訴訟費用等を全額Aさん負担にすることの誤りを訴えました。

不動産鑑定士による賃料鑑定には、ある程度の裁量が認められますので、Aさんの訴訟において作成された鑑定書の内容が明白に誤っているという訳ではなく、賃料増額幅を近傍事例と同じにしなければならない訳でもありません。

もっとも、上記訴訟の経過がある中で、訴訟費用等を全額Aさん負担にすることの不合理さに目を向けてくれた高等裁判所の裁判官らは、賃料増額幅を1万2000円に変更するとともに、訴訟費用等についても業者が7割、Aさんが3割負担するとの内容に変更してくれました。

5 最後に

月3000円の違いですが、これから何年も支払い続けることを思うと、大きな成果です。

また、訴訟費用の敗訴者負担の原則はあれども、訴訟の経過を踏まえて公平な分担を求めるべき事案があることを裁判所に再確認してもらえたことは、今後、同種の訴訟にとっても良かったのではないかと思います。同時に、賃料増額請求訴訟において、訴えの一部取り下げがあっても、安易に同意しないということも大切です。

当事務所では、京都借地借家人組合連合会と連携し、借り主の方々の権利擁護のために奮闘しています。お困り事がありましたら、お気軽にご相談ください。

(担当:森川、大河原、高木)

以上