弁護士コラム

成果に連動した固定残業代を無効としたトレーダー愛事件京都地裁判決

[事件報告]

成果に連動した固定残業代を無効としたトレーダー愛事件京都地裁判決

本原稿は、『季刊労働者の権利』2013年4月号(299号)に掲載されたものです。

1 事案

(1)原告が被告に就職するまでの経緯

本件の舞台になった「THE SCREEN」というホテルは、『ミシュランガイド』の関西版にも毎年掲載され、京都を訪れる外国人観光客を主要な顧客層とする高級ホテルである。筆者の手元にある2010年版のミシュランガイドによると、スリーレッドパビリオン(「非常に快適」)にランクされている。京都地方裁判所からは歩いて3分ほどの場所にあるが、コンクリートの打ちっ放しになったデザイン重視の建物で、筆者自身はこの事件が起こるまではホテルだということも明確には知らなかった。ミシュランガイドによると一泊4万4100円~9万8700円するそうである。

このホテルの運営主体はもともと他の会社であったが、2010年5月1日、山口県に本社を置き、中国地方のみならず全国的に冠婚葬祭業などを手広く経営する株式会社トレーダー愛(被告)に事業譲渡された。

一方、原告は生粋のホテルマンである。Les Rochesというスイスにあるホテルマネジメントを学ぶ名門学校を卒業した後、ハイアットリージェンシー、シャングリラ、リッツカールトン等有名ホテルチェーンの国内外の店舗での勤務を歴任した後、洞爺湖サミットの際に有名になったザ・ウインザーホテル洞爺での勤務を経た。そして、小さいホテルで自分でいろいろと企画立案したいという思いから、2009年5月に事業譲渡前のTHE SCREENに就職した。2010年5月1日の被告への事業譲渡後も勤務し続けた。

(2)被告の給与体系

被告は就業規則の一部である賃金規定の第15条で成果主義を標榜し、「会社は、労働時間の短縮を目的として成果主義を導入している。年間の勤務実績と業績を評価し成果給(年一回改定)と成績手当(3箇月毎の業績評価に基づく)を支給する。但し、成果給と成績手当及び勤務手当・繁忙手当の合計額が、時間外労働に対する手当(時間外手当、休日出勤手当、深夜勤務手当)の合計額を下回る場合は、差額を調整手当として支給する。<改行>成果主義は、労働時間を短縮し、業務を効率よく遂行し、目標の業績をあげることを推進するものであり、効率の悪い長時間労働を防止することを目的とするものである。」などとしていた。そして、第3条において、「基準内賃金」として、基本給、役割給を記載する一方、「基準外賃金」として、本件で問題となった「成果給」を始め、8種類もの基準外賃金を定め、それぞれについて「時間外手当に相当」と明記していた。就業規則に記載のない宿日直手当も含めると、実に9種類もの時間外勤務手当が定めていた。

被告による雇い入れ時の原告の給与は基本給14万円、成果給13万円であり、宿日直勤務1回につき3000円の宿日直手当が支給され、別途通勤手当が支給されることになっていた。これは事業譲渡前の原告の賃金総額について基本給と成果給に割り振った金額であった。宿日直手当は就業規則に位置づけの記載がなく、支給を決定した被告の決裁文書には、支給根拠として「深夜割増6時間分1200円+夜間勤務として1800円の支給とする。」との記載があるのみだった。また、2011年3月分の給与からは、就業規則に基づき、成果給が10%減額されて月額11万7000円となり、業務成績がよければ成績手当が支給される旨通知した。

(3)原告の勤務実態

被告における勤務は超長時間労働であり、月に10日以上もある宿日直業務については、高い宿泊料を払い、当然、それに見合った高いサービスを求めてくる宿泊客を相手にフロント業務を一人で行うという高級ホテルとは思えない激烈なものであった。不十分な裁判所の認定によっても、法定労働時間制との関係での退職前6ヶ月の時間外勤務時間は82時間25分(2010年10月)、112時間39分(11月)、89時間19分(12月)、100時間47分(2011年1月)、73時間45分(2月)、78時間19分(3月)と、厚生労働省の過労死認定基準を大幅に上回る水準のものであった。そうであるにもかかわらず、成果給、宿日直手当以外に時間外勤務手当が支払われることは一度もなかった。原告は心身に失調を来たし、心療内科を受診するようになり、2011年4月末で被告を退職した。なお、4月は有給消化等のため、実際には出勤していない。

2 主張、立証上の工夫

(1)争点

本件の主要な争点は、成果給が時間外手当の支払いとなるのか否かであった。被告の賃金体系が是とされる場合、未払い残業代は存在しない事案であり、就業規則で明確に定められ、それに基づいて正確に支給されている固定残業代を無効に追い込む点に本件の難しさがあった。

(2)労働時間の立証について

被告は労働者の労働時間をオンライン上で一括管理していた。被告のように多数の店舗を展開する事業者にはしばしばみられる形態である。システム上で出退勤の時刻自体は正確に記録されていたため、原告が退職前に自分の分をプリントアウトしたものを証拠とした。客観的資料があるだけに、労働時間については、宿日直勤務のときの休憩時間の有無を除き、争いがなかった。

(3)基本に立ち返った法的な主張

争点がほぼ一つであったため、労働基準法施行規則に制限列挙された種類以外の除外賃金は原則として認められないことを、原則にさかのぼったそもそも論から展開した。そのうえで、高知県観光事件をはじめとする有名判例について証拠として提出して簡単に評釈した上で、固定残業代の支払いが是とされた典型事例である関西ソニー販売事件については、①「セールス手当」という単一の手当が、②時間外勤務手当の代わりに支払われる(時間外勤務手当との同質性)ことが就業規則に明記され、③手当の算定根拠が対象となる職種の平均的な時間外労働時間に相当する時間外勤務手当を支給する趣旨で、④基本給に17%という一定割合を掛け合わせた結果として得られる金額としている等の特殊なケースであることを強調した。

被告がユニ・フレックス事件の東京地裁判決を持ち出して、成果に連動した固定残業代を有効とした事例がある、と主張したときには少々びっくりしたが、労働者側で訴訟を担当された中野麻美弁護士に電話でお尋ねしたところ、その後に高裁判決(東京高判平成11年8月17日)で逆転勝利したことを知った。当然、それも引用した。なお、ユニ・フレックス事件については、地裁判決だけ引用して使用者側有利の評釈をする書物があるので注意が必要である。例えば『注釈労働基準法 下巻』(東京大学労働法研究会 有斐閣 2003年9月30日 642頁)である。筆者の手元にあるマニュアル本の類だと『賃金・賞与・退職金の実務Q&A』(三協法規出版 2011年6月30日 256頁)にも同趣旨と思われる記載がある。

(4)被告の就業規則の矛盾を徹底的に指摘

被告の就業規則については徹底的に分析した。その上で、時間外勤務手当が9種類もあること自体が脱法目的であること、「成果に連動した固定残業代」は二つの異なった趣旨の賃金を無理矢理一つにしたものであり必然的に基本給部分が混在せざるを得ないこと、時間外勤務手当が賃金の50%を超える不合理性、成果賃金といいながら100時間以上の過労死ラインでの時間外勤務を恒常化させる制度でありそのことは原告の残業時間が実証していること、成果給を支払いながら超長時間の残業がされると結局調整手当が支給されて成果給が残業代に完全に吸収されてしまうこと、被告の主張によると原告の基礎時給が812円となり役割も責任も少ない学生アルバイトより賃金単価が低くなることなどを指摘した。

(5)三六協定について

また、本件訴訟係属中にザ・ウインザーホテルズ・インターナショナル事件の札幌地裁判決(札幌地判平成23年5月20日)が『労働判例』に掲載され、この判例において固定残業代の支払い合意を45時間に限定した根拠が三六協定(実際は三六協定に関して時間外勤務時間を45時間以下にすべしとした労働省告示)だったため、被告に三六協定を提出させた。すると、これ自体、労働者代表の選任が行われていない無効なものであったため(東京高判平成9年11月17日労判729号44頁参照)、そのことを指摘して公序良俗に違反する固定残業代の支払いは認められないとした上で、その三六協定が定める「1ヶ月45時間」「1年360時間」の基準すら現場で全く守られていないことを指摘した。

3 判決の内容

(1)規範(的認識)

判決は、原告の給与体系について、宿日直手当を含めると時間外手当が基本給を上回る仕組みになっており、1日少なくとも5時間を超える時間外労働をすることを前提とした賃金体系になっていると指摘した。そして、「被告が主張するように、成果主義が採用されているので、より短い労働時間で成果を上げた場合には、1日5時間を超える時間外労働をする必要はないが、業務の性質が大幅に労働者の裁量にゆだねられているような裁量労働者である場合はともかく、原告の場合、ホテルのフロント業務であり、宿泊客等に対する対応が主たる業務であるから、おおむね成果(業績)は労働時間に比例すると考えられる。そして、所定労働時間と時間外労働で労働内容が異なるものではない。そうすると、基本給(所定労働時間内の賃金)と成果給(時間外手当)とで労働単価につき著しい差を設けている場合には、その賃金体系は、合理性を欠くというほかなく、基本給と成果給(時間外手当)の割り振りが不相当ということになる。」とした。

(2)当てはめ

ア 原告の賃金体系の検討

判決は、2010年8月を例に、原告の賃金について以下のように具体的な検討をした。

基本給は14万円に対し、時間外手当は、成果給13万円に宿日直手当3万9000円を合わせた16万9000円である。この月の原告の労働時間は、前期認定の通り、総労働時間約230時間、所定内労働時間158時間、時間外労働時間約72時間であり、時給を計算すると、所定内労働時間については約890円に対し、時間外労働は約2350円となる。宿日直手当については宿直したことの手当であるので、これを除外して成果給のみでみても、時間外労働の時給は約1800円となり、時間外手当について、基本給の時給の倍の賃金を払っていることになる。時間外手当については、基本賃金の25%以上を支払わなければならず、100%以上の金額を支払っても悪くはないが、原告の所定内労働と時間外労働で労働内容が異なるものではないことからすると、被告における賃金体系は、基本給と成果給(時間外手当)とのバランスをあまりに欠いたものであり、成果給(時間外手当)の中に基本給に相当する部分を含んでいると解さざるを得ない。

これは、被告の就業規則が成果給の引き当てとなる時間外労働時間数について全く考慮していない弱点を突いたものでもある。

イ 賃金の性質からの混在の指摘

次に、判決は

また、成果給は、前年度の成果に応じて人事考課によって決められる。他方、時間外手当は労働者を法定労働時間を超えて労働させた場合に使用者が支払う手当であって、労働時間に比例して支払わなければならないものであり、前年度の成果に応じて決まるような性質のものではない。そうすると、被告において、性質の異なるものを成果給の中に混在させているということができる。

とした。これは原告において重点的に主張した点である。

ウ 最低賃金との関係の検討

さらに、判決は

被告における基本給は、ほぼ最低賃金に合わせて設定されている。たとえば、岩手、広島、大阪の各勤務者の基本給の月額は、岩手12万円(月の所定労働時間は172.5時間であるので、時給換算で約696円)、広島13万円(同754円)、大阪14万円(同約812円)と決められているが、平成22年度の最低賃金時間額をみると、岩手は644円、広島は704円、大阪は779円であり、被告の基本給は、いずれも最低賃金を上回り、万単位で最も低い金額としている。(近畿地区勤務者は大阪に合わせ、広島周辺の勤務者は広島に合わせている。)。そして、それ以外の賃金はすべて時間外手当とすることによって、よほど長時間の労働をしない限り時間外手当が発生しない仕組みになっている(たとえば、近畿地区勤務者であれば、基本給の時給は812円であり、時間外手当の割増率25%で時給1015円、深夜労働と重なると割増率50%で時給1218円であるから、成果給13万円を超える時間外労働をした場合というのは、月106時間(割増率50%)、ないし128時間(割増率25%)の時間外労働をしたときである。)。

と指摘した。そして、被告における成果給額の決定について

被告が求める成果(その内容は本件全証拠によっても定かではないが)を達成するためにどの程度の時間外労働を要するかなどの検討をした様子は全くなく、単純に最低賃金時間額を上回って万単位で最も低い金額を基本給とし、27万円を保障するためにその余を定額の時間外手当を割り振ったものであるといえる。

とした。その上で

所定労働時間内の業務と時間外の業務とで業務内容が異ならないにもかかわらず、基本給と時間外手当とで時間単価に著しい差を設けることは本来あり得ず、被告の給与体系は、時間外手当を支払わないための便法ともいえるものであって、成果給(時間外手当)の中に基本給に相当する部分が含まれている

と被告を断罪した。

(3)結論

上記のような検討をした上で、判決は

以上の通り、被告の賃金体系は、成果給(時間外手当)の中に基本給の部分も含まれていると解するのが相当である。そうすると、成果給が全て時間外手当であるということはできず、成果給の中に基本給と時間外手当が混在しているということができるのであって、成果給は割増賃金計算の算定基礎に含まれるとともに、時間外手当を支払った旨の被告の主張は失当である。

とし、被告による固定残業代支払いの主張を全否定した。なお、宿日直手当についても、成果給と「同様のことがいえ」として、簡単に残業代としての支払いを否定した。その結果、成果給、宿日直手当も基準内賃金として基礎時給を算出した上、一から残業代を払い直しさせる等して、280万円あまりと遅延損害金の支払いを命じた。

なお、付加金の支払いについては「賃金体系が不合理であることが明白であるとまではいえず、不払いも一応の理由がある」との理由で簡単に否定した。

4 評価

(1)判決の確定

この判決について、被告は控訴せず、確定した。被告にとっては判決内容があまりに深刻で、上級審で確定した場合の波及リスクを考慮したのかもしれない。

(2)評価

残業代請求事件をやっていると、労働者募集の時点では賃金を総額で示してそれなりの賃金額を示しながら、実際には、残業代の時間単価計算の基礎となる基準内賃金について最低賃金を参考にして非常に低廉な金額にし、その他の様々な費目の賃金について、就業規則で「残業代とする」旨明記し、あるいはそれすらせずに「固定残業代」として支払う事例が散見される。そのような就業規則を導入することを「売り」にしている社会保険労務士もいるようである。このような賃金体系は①基礎時給が低廉、②残業代の引き当てとなる手当が多額となる、の2点から、実際には別途の残業代支払いがほとんど発生しない仕組みであり、過労死ライン以上の長時間残業の温床となっている。使用者がこのような制度に寄りかかって、時間外労働時間のカウントをしていない例もある。

本件の京都地裁判決は、成果給に連動した固定残業代について基本給部分の混在を指摘して無効とするものであるが、判決が示している判断の過程は、最高裁判例等から容易に導けるものにとどまらず、①実際の労働時間をベースに基準内労働と時間外労働の賃金単価比較、②被告主張の基礎時給と最低賃金との比較などの手法を用いることで賃金体系の矛盾をあぶり出した。その上で、多額の固定残業代を設定することで労働者の残業代請求を計算上無効化しようとする就業規則を正面から批判して、それに基づく固定残業代を全て無効としたものである。この判決が示した評価手法は同種の他の事件にも応用可能なものであり、筆者としても、最終準備書面で指摘した点を超えて裁判所が示した認識に「なるほど」と思わされた。宿直時は一人で勤務しているのに休憩時間を認定したり、付加金を認めないなど、不十分な部分もあるが、それを超えて、この判決が示した認識は参考にすべきことが多く、筆者としては裁判官の判断を高く評価している。

また、本件では原告が実際に精神的にダメージを受けており、訴訟でも被告の賃金体系と過労死との関係を一つの主張の軸にしたのだが、過労死、過労自死の予防措置としての残業代請求がますます重要になっていくのではないか、と思う。

(3)残業代計算ソフトの使用

また、筆者が作成した残業代計算ソフト(エクセルシート)「給与第一」を裁判所が使用して、裁判所の認定労働時間に基づく「給与第一」の計算結果をそのまま判決文に添付した。このソフトは訴訟資料としてそのまま使用できるよう、計算結果が月ごとにA4の紙1枚に表示されるようにしてあるが、それがそのまま判決文に引用されたことは少なからず嬉しかった。

邪推の域に入るが、手計算の場合は認定する労働時間が増減することにより残業代の計算結果が全く異なってくるところ、計算ソフトを使えば、計算はコンピューターが行うため、この点について当事者も裁判所も細かい計算に神経を使う必要がなくなる。本件訴訟で裁判所が踏み込んだ認識を示した背景に、このような作業の電子化による負担の軽減があったのではないかと思う。筆者自身、残業代の計算作業から解放されたことで、事実面での追求や理論的な批判に時間を割くことが出来た。残業代の分野はまだまだ未解明の理論的な問題が多いとされるが、このように残業代の計算ソフトが導入されることで、訴訟が容易になり、労働実態や理論面の主張により多くの時間をかけることが出来るようになるのではないだろうか。

なお、この事件の弁護は同僚の糸瀬美保弁護士と筆者が担当した。

以上