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特集:転換 ひと・まちをつなぐ京都市政へ 大屋峻さん・森田浩輔弁護士 対談

特集:転換 ひと・まちをつなぐ京都市政へ 大屋峻さん・森田浩輔弁護士 対談

⒈ 地域住民の営みと「番組(ばんぐみ)小学校」

森田:京都市政をめぐっては、市民の暮らしや安全をないがしろにして、観光優先、とりわけ、東京資本や外国資本の大企業を誘致しての「京都の売り渡し」とも言えるような観光政策が問題になっています。2月に行われる京都市長選挙でも大きな争点になります。そこで、今回は、京都のど真ん中、下京区の植柳(しょくりゅう)学区にお住まいで、元植柳小学校の跡地問題で住民の皆さんと運動をしておられる大屋峻さんに、お話を伺います。

大屋さん、早速ですが、植柳小学校についてお伺いしたいと思います。植柳学区というのはどのような地域なのでしょうか。

大屋:植柳学区がある地域は、ちょうど西本願寺と東本願寺との間にあり、明治以前は西本願寺の寺内町として、西本願寺が自治権をもっていたと言われています。西本願寺の寺内町ですので、地域の産業としても、西本願寺に関連するような旅館や仏具店があり、さらには仏具を作る人たちも多く住んでいました。

それが明治になり、植柳小学校は、下京第19番組小学校として明治2年に開校することとなりました。

森田:番組小学校というのは、どういった制度なのでしょうか。京都出身ではない私には耳慣れない言葉です。

大屋:京都市内においては、下京区という行政区をさらに小さく分けた区割りとして「番組(ばんぐみ)」というものがありました。その「番組」ごとに小学校がつくられることになったのです。植柳学区では、西本願寺の寺内町が一つの番組。下京第19番組になりました。

番組小学校をつくる際には、それぞれの地域の住民の皆さんがお金や土地などを寄付して、小学校がつくられていきました。植柳小も、戦時中に国民学校になるまでは、形としては「地域立」、地域が設置して運営する学校として運営されていました。

森田:その植柳小学校が、小学校の統廃合によって廃校になりました。

大屋:植柳小が下京渉成小に統廃合されたのは、今からおよそ10年前です。その際、植柳小の跡地をどうするかが問題になりました。ですが、小学校の建物自体は、昭和40年代に建てられた鉄筋コンクリート造の建物で、特に歴史的な建造物というわけではなく、むしろ耐震性が問題視されていました。そのため、植柳小の建物を他の用途として活用するという話にはなりませんでした。

⒉ 元小学校跡地をホテル資本に売り渡す京都市政

森田:京都市内には、同じように元小学校だった跡地がたくさんあります。こどもみらい館や京都国際マンガミュージアムなど公共施設になったり、地域の福祉施設になるなど、工夫されているところもありますが、最近は、ホテルになっているところが多いように思います。

大屋:この間、小学校跡地へのホテル誘致が問題になったのは、立誠小、清水小、白河小、そして植柳小です。はじめ、立誠小のときは、ホテルだけにするということではなかったのですが、順を追うにしたがって、徐々にホテルの色彩が強くなっています。まさに、京都市のホテル誘致、観光政策の中に位置づけられて進められています。

植柳小では、東京資本の安田不動産がタイ資本の高級ホテルを誘致することとされました。植柳小跡地の敷地のうち97%がホテル建設に使われ、残りの3%で自治会館と消防団の詰め所が作られるとされています。ホテルには中庭がありますが、ホテル外には庭園などはなく、事実上、植柳小の跡地に地域住民が入れる場所はほとんどないのが実情です。

他の小学校ではホテルを誘致したとしてもグラウンドを残す計画になっています。植柳小の場合はグラウンドすら残らない。いずれ、そこに小学校があったことも分からなくなるでしょう。

⒊ 地下体育館避難所計画を撤回させた住民の力

森田:ホテル誘致に併せて、隣接する公園の地下に体育館を造り、地域住民の避難所とする計画が出されました。

大屋:植柳小の跡地については選定委員会が設置され、学識経験者、一般応募者に加えて、地域からは自治連合会の副会長さんが出席することとなりました。しかし、副会長さんも含めて選定委員には守秘義務が課せられることとなり、地域住民としては、何も知ることができないまま計画が進んでいくことになりました。

そして、2019年に入って、地元での説明会がありました。先ほど話したように、植柳小の跡地にはホテルを誘致し、もともとあった体育館は、すぐ南側に隣接する公園の地下に建設して、そこを地域住民の避難所にするという計画です。

森田:地下体育館を避難所にするという計画について、地元の住民の皆さんの反応はどうでしたか。

大屋:説明会があった後、2019年4月ころから、 ニュースやテレビなどで植柳小の問題が報道されるようになりました。地下体育館の避難所が危険なのではないかという指摘もなされるようになりました。

京都市のハザードマップでは、植柳小があるところは、0.5~3メートルの浸水区域とされています。2018年の水害の際には避難準備区域にもなりました。先ほどの説明会での説明は、地震のときは地下体育館を利用するが、洪水のときはホテルに避難するというものでした。当然のことですが、住民からは客室が空いていなかったらどうするのか、という質問がなされました。そのときの京都市の説明は、スイートルームの客が別室に移り、そこに住民が入るという説明で、そんなこと本当にできるのか、という疑問が湧きおこりました。

また、地下体育館への避難についても、地下10メートルまでどうやって下りるのか、という質問があり、京都市の説明は、エレベーターで降りるというものでした。地震が起きて避難が必要な時にエレベーターを使えるのか、という疑問に京都市は全く答えることができませんでした。住民からすれば、京都市が災害時の住民の安全のことを全く考えていないようにうつりました。

森田:このようなずさんな計画に対して、大屋さんをはじめ、多くの住民の方が計画見直しを求めて住民運動に取り組まれています。どんな点が住民の皆さんを動かす力になったのでしょうか。

大屋:普通の人の常識からいえば、地下体育館は普通の体育館よりもお金がかかると考えるのが当然です。建設費用だけではなく、地下で湿気がこもるため、24時間、常時空調を稼働させなければならないなど、維持するためにもお金がかかります。民間の企業に維持管理を委託するという計画ですが、その会社が破綻したらどうするのか、破綻した会社が原状回復できるのか。こういったことについて、京都市が十分に検討していなかったことも明らかになりました。災害時の避難における危険性だけではなく、地下体育館そのものが負の遺産になるリスクもあったのです。

このことが、住民の中で広く共有されるようになり、反対の運動が大きくなり、地下体育館と避難所の計画は撤回されることとなりました。

⒋ ホテル建設計画そのものの撤回を!

森田:いったん決まった地下体育館と避難所の計画が撤回されたのはすごいですね。京都の住民の皆さんの力を感じます。そもそものホテル誘致計画はどうなったのですか。

大屋:現時点ではホテルの誘致計画までは撤回されていません。しかしながら、当初この計画は、植柳小の跡地のうち97%をホテルが使う計画でした。今回、地下体育館の計画が撤回され、植柳小跡地に地上体育館が戻ることになり、敷地の20%は京都市が使うことになります。敷地の用途が変更になり、その分、京都市の賃料収入も変わります。ホテル経営の見通しも変わるのではないのでしょうか。

今回、植柳小跡地の利用については、複数の企業によるプロポーザル方式での選定でした。敷地の利用や、隣接した公園での地下体育館の建設計画など、計画の根本的な部分が変更になった場合に、選定結果をそのままにしてよいのでしょうか。白紙に戻して選定をやり直す必要があるのではないでしょうか。地下体育館・避難所の計画が変更になったことで、プロポーザル方式の得点が変わるのではないかと質問していますが、いまだに答えは返ってきません。京都市に対しても、安田不動産以外の提案内容の開示を求めましたが、 開示されませんでした。

森田:ホテル誘致計画そのものを見直す必要があるはずですね。

大屋:植柳小跡地の大部分がホテルになって、私たち近隣住民の暮らしにいいことは何もありません。ホテルができたら賑わいができるとか、ホテルに外国人が宿泊するから国際交流ができるなどともっともらしく言われますが、実際にそうなっている例を聞いたことはありません。むしろ、植柳小は現在、下京中学校の第二教育施設となっており、教育施設として存在することで、風俗営業などから地域を守る存在になっています。周辺では簡易宿所などが増える中、教育施設としての指定が外れたときに、地域の安心・安全を維持できるのかという懸念があります。

森田:ホテル誘致問題などの観光政策は京 都市長選挙でも大きな争点になりますね。

⒌ ひと・まちをつなぐ京都市政へ

大屋:京都市長も、最近になって市内中心部にホテルはいらないと言っているようですが、実際には、京都市自らが京都市内のど真ん中にホテルを誘致しているのが現状です。言っていることとやっていることが違います。それだけではなく、住民の安心・安全の一番要の京都市長が、地下の避難所に疑問を持たないのか不思議でなりません。地下体育館自体は、頑丈に造ればつぶれないかもしれませんが、そこに避難する住民は、窓もないところで一時的に避難生活を送ることになります。そのような住民生活のことを全く考えていません。このような京都市政のあり方を、京都市長選で大きな争点にして、変えていかなければならないと思います。

森田:ともに頑張りましょう。

「京都第一」2020年新春号