まきえや

京都の山 標高ベスト10を登る 第6回 ブナノ木峠・傘峠

京都の山 標高ベスト10を登る

第6回 ブナノ木峠(939.1m)・傘峠(935.0m)

芦生研究林の真ん中にある山

今回は、ブナノ木峠と傘(からかさ)峠を紹介します。この2つの山は、京都大学農学部の芦生(あしう)研究林(以前は「演習林」と呼ばれていました)のほぼ真ん中に位置しています。研究林は山というよりも森であり、その中央部を東西に走る尾根があり、西からブナノ木峠、傘峠、八宙山と3つの頂が並んでいます。この3つの頂を縦走するコースを紹介します。

芦生研究林の地域では、峠といっても、それは山頂(ピーク)を意味することが多く、三国峠(775.9m)、ブナノ木峠(939.1m)、傘峠(935.0m)、天狗峠(928m)はいずれも山頂の呼称です。これに対して、峠(鞍部)のことは坂と呼んでいます。杉尾坂、ケヤキ坂、権蔵坂などはいずれも峠のことです。もちろん、すべてそのように呼んでいるわけではなく、研究林の中でも、地蔵峠、野田畑峠などは文字どおり峠のことです。

芦生への道は、(1)国道162号線で旧美山町(現南丹市)の安掛から京大研究林事務所のある須後(すごう)に入るルート、(2)佐々里峠から灰野を経て須後へ約2時間歩いて入るルート、(3)滋賀県の旧朽木村(現在は高島市朽木)の生杉(おいすぎ)から地蔵峠を越えて入るルートがあります。今回は、(3)のルートを選択し、国道367号線を北上し、大原、途中トンネル、花折トンネルを経て、坊村(武奈ヶ岳や鎌倉山への登山口)を越えた梅ノ木というところから、安曇川に架かる橋を渡り、久多川合から針畑川に沿ってさらに北上し、生杉まで行くことにします。梅ノ木からは山間部の細い道を行くことになるので車の離合にはちょっと苦労します。久多川合で左に折れて、針畑川沿いに遡ります。平良、桑原、古屋の集落を過ぎるとやがて大宮神社に着きます。ここにブナ原生林という標識があるので、これに従って左折すると生杉の集落に出ます。生杉集落を抜けて進むとやがて公衆便所のある休憩所に到着します。ここに車を置くことになります。

地蔵峠から長治谷作業所を経て中山へ

生杉休憩所でトイレを済ませて身支度を整え、いざ出発します。ここには、車止めのゲートがあり、この先は、一般車両は進入禁止となっています。まずは地蔵峠までは緩やかな登りの林道歩きです。20分ほどで難なく地蔵峠に到着します。ここから山道に入ります。案内標識に従って、枕谷へ下る道に入ると、すぐに大きなブナやトチの大木が出迎えてくれました。枕谷出合に下り、ここからは左に折れて植林されたような杉林の中の道を通って長治谷作業所をめざしました。間もなく由良川の上流にあたる上谷にかかる橋に出合います。ここから右に行くと、野田畑湿原を経て上谷に向かいますが、今回は左に行くことになります。すぐに長治谷作業所に到着します。ここは、芝生が植わっており、休憩するにはちょうどよい場所になっています。

上谷に架かる橋(右は野田畑湿原を経て上谷に向かう道)
上谷に架かる橋(右は野田畑湿原を経て上谷に向かう道)
緑の芝生に覆われた長治谷作業所
緑の芝生に覆われた長治谷作業所

長治谷作業所の前から由良川源流に沿って林道を進みと、左手にトチノキを始めとする大きな原生林が続きます。やがて地蔵峠からやってくる林道と合流し(地蔵峠から林道をそのまま進むとここに出ます)、さらに少し進むと、上谷と下谷が合流する中山(ここから由良川は本流を呼ばれることになります)という地点に至ります。ここで林道から外れて、下谷を渡ると、由良川本流の岩谷方面に進むことができます。また、今回紹介するケヤキ坂から縦走してくる、ブナノ木峠、傘峠、八宙山と3つの頂が並ぶ尾根コースの終点も、この地点に下りてくることになります。

上谷と下谷の合流する地点の中山
上谷と下谷の合流する地点の中山

まずは下谷を遡る

まずは、この中山から林道伝いに下谷を遡ることにします。この下谷には向かって左手からいくつもの谷が流れ込んでいます。最初の一ノ谷を過ぎると、左手に大きなカツラの木が見えてきます。林道から下谷に下りていく道があるので、これを下ってカツラの木を見に行きました。カツラ保存木という看板が立てられていますが、直径が3m20cmもある芦生最大のカツラの木です。この辺りには、他にもトチノキを始めとする巨樹がたくさん林立していて、深い森を実感させてくれます。再び林道に戻り進むと、二ノ谷、三ノ谷を過ぎた辺りで、スギとトチの巨樹の保存木があります。さらに桂谷、四ノ谷を過ぎるとトチノキ平というところに至ります。ここにはたくさんのトチノキの巨木群が見られます。

下谷最大のカツラの木(保存木)
下谷最大のカツラの木(保存木)

さらに進むと、右手から池ノ谷が合流し、林道は次第に登り坂となってきます。やがて、右手に小さな滝が見えてきますが、これは「ノリコの滝」と呼ばれています。戦後間もない頃、実習にきた学生たちが恋人の名をつけたと言われています。ノリコの滝を過ぎると、やがて変則的な三叉路に至ります。ここがケヤキ坂ですが、林道を造っているブルドーザーが置かれています。ケヤキ坂から右手に延びる林道・杉尾線は上谷の終点である杉尾峠に至ります。また、そのまま林道を進むと、内杉谷を下り、研究林事務所のある須後に至ります。

恋人の名がついたというノリコの滝
恋人の名がついたというノリコの滝
ケヤキ坂峠(左は杉尾峠へ続く林道)
ケヤキ坂峠(左は杉尾峠へ続く林道)

ここで左手の道脇をよく見ると、「ブナノ木峠へ」という標識があります。<ブナノ木峠へ1.2キロ40分、傘・八宙・中山へ5.1キロ3時間>と書いてありました。この道標に従い、切り開かれた山道に取り付くことにしました。これまでは林道歩きだったのですが、ここから山道となり、芦生の森を見渡す尾根を縦走することになります。

ケヤキ坂峠にあるブナノ木峠への標識
ケヤキ坂峠にあるブナノ木峠への標識

ケヤキ坂からブナノ木峠・傘峠・八宙山へと縦走開始

ケヤキ坂の取り付きからはしばらく登り道となっています。やがて右手下から狭い林道が上がってきているところに出ますが、この林道を横切ってそのまま進みます。登山道は左にカーブして東向きとなり、林道とほぼ並行に走っています。緩やかな登りを進むと、<ブナノ木峠460m10分、傘・八宙・中山へ4.4キロ2時間30分>という道標がありました。ここがブナノ木峠への分岐です。ブナノ木峠へは南に尾根を進むことになります。途中には大きなブナの木が幾本もありました。山頂手前にコル(鞍部)があり、やや急登になりますが、これを我慢して登るとブナノ木峠に到着します。山頂は周囲が刈り込まれていて、小さな広場になっていました。その中心に三等三角点があり、山頂を示すプレートがいくつも架けられていました。山頂からの眺望はあまりよくないものの、樹木の間から百里ヶ岳や傘峠などの山が望めました。

ブナノ木峠の山頂広場
ブナノ木峠の山頂広場

傘峠までは迷いやすい

傘峠を展望する(ブナノ木峠直下にて)
傘峠を展望する(ブナノ木峠直下にて)

さて、ブナノ木峠からは先ほどの分岐点まで引き返すことになります。急坂を下りながら、右手を見てみると、傘の形をした傘峠の森が浮かんでいました。分岐点まで戻ると、右手にとり、再び傘峠・八宙山への稜線に入ります。この稜線の登山道はブナ林に囲まれていて、実に気持ちがよく、きれいに整備されているので歩きやすい道です。しかし、ハイキングコースのような標識があるわけではないので、踏み跡を外さないように注意して進みます。やがて、925mピークにくると、ここで右にほぼ直角に曲がります。さらに、892mピークのところが迷いやすくなっています。右に曲がると、ちょうど樹木が伐採された場所に出て、左手が開けています。ここで左に曲がりたいのですが、そのまま直進して下ります。すると、登山道は左に大きくカーブして東に進むことになります。先ほどの伐採地のところで左手に進んだ場合には、少し下ると林道に出合います。おやっと思うかも知れませんが、実はこの林道はずっと登山道の左手に沿って走ってきていたのです。出合ったところで、林道は南に下っていますが、これをそのまま進むと、林道はすぐに左に大きくカーブして、再び東に向いて走ることになります。この付近では、本来の登山道が右手にあり、並行して走っています。林道には途中倒木などもあるものの、難なく進むことができます。やがて<傘峠・中山方面登山道入口>と書いてある標識があります。ここに来ると、本来の尾根道に戻ったとういう感じがします。

傘峠に向かう稜線の登山道
傘峠に向かう稜線の登山道

ここから先は迷うことはありません。踏み跡のある尾根道を辿ることになります。途中左手に開けたところがあり、三国峠や百里ヶ岳を遠望することができます。やがて、七瀬中尾根への標識があり、これを過ぎると一旦コル(鞍部)に下ることになりますが、ここのブナ林は実に素晴らしいものです。暫しブナに見とれて休んでしまいそうな場所です。鞍部から登り返すと、傘峠に着きます。

傘峠直下の鞍部のブナ林
傘峠直下の鞍部のブナ林

傘峠から八宙山を経て中山までまっしぐら

傘峠は935mのピークではあるものの、山頂という感じがなく、そのまま通過してしまいそうな地点です。しかし、樹木に山頂を示すプレートがいくつもかかっているので、よく注意していれば見落とすこともないでしょう。

そのまま通過しそうになる傘峠
そのまま通過しそうになる傘峠

傘峠からは一旦急坂を下ることになります。そして、登り直したところから、少し東南に進むと、八宙山のピーク(872m)に至ります。八宙山は、傘峠よりもさらにピークと気づきにくいようなところです。しかし、大きな杉があり、プレートも1、2枚かかっているので見落とさないように注意します。途中に大きなアシウスギが見られます。八宙山からは下りとなりますが、進行方向が北東に変わりますので確認して下さい。すぐに850mピーク付近にヒノキの大木があり、保存林となっています。

八宙山付近のアシウスギ
八宙山付近のアシウスギ
P850付近にあるヒノキの保存木
P850付近にあるヒノキの保存木

保存林を見学したら、もとの縦走路に戻り、北に下ります。やがて、下りは急な坂になり、木の根が張った道で、足が引っかかり安いので、転ばないように注意しながらドンドンと下っていきます。もういい加減に下りは終わってほしいと思った頃に、水音が聞こえてきて、由良川本流に出ます。ここで下谷の流れを飛び石伝いに横切り、斜面を登ると林道に出ます。ここが行きに通り過ぎた上谷と下谷の合流地点の中山になります。後は、ここから林道を歩いて、すぐに右手に橋があるのでこれを渡り、林道を登れば30分ほどで地蔵峠まで帰ることになります。

芦生研究林への入林禁止

ところが、最近になって、京都大学が地蔵峠と三国峠からの芦生研究林への入林を禁止すると発表しました。つまり、滋賀県側からの入林禁止です。入林禁止の理由のひとつは、オーバーユース、つまりハイカーが歩道を外れて林床に入り込むため、土が踏み固められ、その結果、既存の植物が根を張ることができず、生命力の強い外来種がはびこり、生態系を変化させることと言われています。芦生研究林には年間2万人以上ものハイカーが訪れているのですが、その半数以上が地蔵峠と三国峠からの入林と見られています。そして、ここから入林したハイカーたちの多くが上谷(ここは最も芦生らしい森です)を散策することになります。この上谷の林床がオーバーユースによって踏み固められることを懸念したことからの措置と考えられます。なぜなら、下谷の散策であるならば、基本的には林道歩きなので林床の踏み固めはなく、今回禁止になっていない旧美山町側の須後から上谷へは数時間を要することなり、日帰りのハイキングはできないからです。今回の入林禁止の措置により、芦生へのハイカーは大幅に減少することになると思われます。

入林禁止の掲示がある地蔵峠のゲート
入林禁止の掲示がある地蔵峠のゲート

旧美山町側の人たちは、過去、関西電力のダム建設計画や大学の天然林伐採などに対して、森を守るために苦闘してきたことから、今回の入林規制を当然のことと受け止めているようです。これに対し、滋賀県側の針畑地区の人たちは、研究林は人を呼び、収益をもたらす資源にもなっており、過疎に悩む地域にとっては大きな痛手となるとして、入林禁止の再検討を要望しているようです。

地域独自の自然や文化を活かしたエコツアーが年々盛んになっており、これを観光資源として利用して村おこしをする考えと、押し寄せる人の波や環境の変化が自然の体系に大きな影響を及ぼすことを懸念する考えとが、様々が利害や感情とともに深い森の中で交錯していることを思い知らされます。

京都新聞より転載
京都新聞より転載

【コースタイム】6時間50分
生杉休憩所(30分)地蔵峠(15分)長治谷作業所(5分)中山(10分)大カツラ(50分)ノリコの滝(10分)ケヤキ坂(30分)ブナノ木峠(90分)傘峠(20分)八宙山(40分)中山(30分)地蔵峠(20分)生杉休憩所

これまでの登山履歴

(1)2004.10.31生杉休憩所-地蔵峠-長治谷作業所-中山-大カツラ-ノリコの滝-ケヤキ坂-ブナノ木峠-傘峠-八宙山-中山-地蔵峠-生杉休憩所
(2)2006.7.15生杉休憩所-三国峠-地蔵峠出合-長治谷作業所-中山-ケヤキ坂-ブナノ木峠-傘峠-八宙山-中山-地蔵峠-生杉休憩所
「まきえや」2008年秋号