科学者のための法律相談

研究員が無断でデータをもちだした

研究員が無断でデータをもちだした!

今月の相談海外からの留学生または外部から受け入れた研究員が無断で研究データをもちだした場合、もしくはもしくは海外へ行っていた研究員がデータを日本にもち込んだ場合、どのような問題が生じるのでしょうか?

事例で見る刑事処罰

企業や研究機関の営業秘密、研究・実験データなどを内部者が秘密裏に外部にもちだすことは、時としてありえますが、その態様によっては刑事処罰を受けることがあります。以下、具体的な事例を見ていきましょう。

まず内部者が、管理されている情報を文書や磁気ディスクなどの有形物に記録して、それを外部にもちだした場合には、窃盗罪(刑法235条、10年以下の懲役)が成立します。

事例1

建設工事業者の業態調査、統計資料などを掲載する建設調査週報を発刊する会社の業務部長が、経営者と対立したためライバル会社に転職しようとした際に、同社が機密資料としてる週報の購読会員名簿のコピーを転職先の会社に譲渡する目的で、他の職員が管理している購読会員名簿を社外にもちだし、コピーしたうえで、もとの保管場所にもどした行為は窃盗罪にあたるとされた(東京地裁、昭和55年2月14日判決)。

事例2

W大学の職員が、裏口入学を斡旋する目的で入学試験問題を入手しようと企て、入学試験問題の印刷を担当した印刷工に働きかけ、問題用紙を抜き取って外部にもちださせた行為は窃盗罪にあたるとされた(東京高裁 昭和56年8月25日判決)。

事例3

国立予防衛生研究所の厚生技官が製薬会社の幹部と共謀し、上司が保管する新薬の審議用資料を無断でもちだして、その写しを作成しようと企て、上司の管理下にある新薬審理用資料ファイルを上司の戸棚からもちだした行為は、窃盗罪にあたるとされた(東京地裁 昭和59年6月15日判決)。

事例4

サラ金などに多額の借金を抱えていた百貨店勤務のコンピュータ技術者が、借金の返済や生活費の資金にあてるため、同百貨店の顧客名簿を名簿業者に売却する目的で、顧客名簿が入力されたコンピュータ用磁気テープを外部にもちだした行為は、窃盗罪にあたるとされた(東京地裁 昭和62年9月30日判決)。

また、内部者が自ら保管していた情報や機密の媒体をもちだした場合は、財物の占有が侵奪されたわけではありませんが、横領罪(刑法252条、5年以下の懲役)あるいは業務上横領罪(刑法253条、10年以下の懲役)が成立します。

事例5

塩化ビニール、その他の研究や各種文献、資料、研究用薬品などの保管を業務としていた科学会社の技術課長代理が、退社するにあたり、ライバル会社に売りつける目的で自ら保管していた塩化ビニールの新規製法に関する研究報告書などが入ったファイルを外部にもちだした行為は、業務上横領にあたるとされた(大阪地裁 昭和42年5月31日判決)。

事例6

独立を考えていたコンピュータ技術者が、勤務先である会社のコンピュータシステムに関する資料を無断で社外にもちだしてコピーした行為は、業務上横領罪に該当するとされた(東京高裁 昭和60年12月4日判決)。

さらに、情報媒体などの奪取や領得がなくても、その情報をそのまま流用して損害を与えた場合には背任罪(刑法247 条、5年以下の懲役または50万円以下の罰金)が成立することもあります。

事例7

新会社を設立しようとした営業課長らが、会社の開発したオブジェクトプログラムを無断で使用し、それを記録したフロッピーディスクをもちだし、同プログラムを独自に販売するバソコンに入力し、その結果、会社に多額の損害を与えた行為は、背任罪に該当するとされた(東京地裁 昭和60年3月6日判決)。

最近制定された新しい処罰

しかし、営業秘密や機密情報の保持や管理に関与しない内部者が、盗み見してメモしたり、あるいは写真に撮ったり、また通信回線を利用してコンピュータの記憶装置にアクセスしたりして、秘密や情報を入手し、外部に漏えいした場合は、これまで処罰の対象にはなっていませんでした。ところが、平成15年に不正競争防止法が改正され、以下のような違法性の高い行為が処罰の対象となりました。

(1)営業秘密不正取得後使用・開示罪(同法14条1項3号)

(1)詐欺、暴行、脅迫(詐欺等行為)により取得した営業秘密、あるいは、(2)営業秘密が記載された書面や記録媒体の窃取、営業秘密が管理されている施設への侵入、不正アクセス行為(管理侵害行為)により取得した営業秘密を、不正の競争の目的で使用し、または開示すること。

(2)営業秘密記録媒体等不正取得・複製罪(同法14条1項4号)

営業秘密記録媒体等、またはその複製を「詐欺等行為」または「管理侵害行為」によって取得・作成することにより、営業秘密を取得する行為。

(3)営業秘密記録媒体等不法領得後使用・開示罪(同法14条1項5号)

営業秘密を保有者から開示された者が不正の競争の目的で、営業秘密記録媒体等またはその複製を「詐欺等行為」、「管理侵害行為」または「横領その他の営業秘密記録媒体等の管理にかかる任務に背く行為」により、領得・作成し、営業秘密を使用・開示する行為。

(4)営業秘密正当取得後不正使用・開示罪(同法14条1項6号)

営業秘密を保有者から示された役員または従業員が、不正の競争目的で、その営業秘密の管理にかかる任務に背き、営業秘密を使用・開示する行為。

これらの行為は、3年以下の懲役または300万以下の罰金に処せられることになります。

今月の相談の場合

以上のことから考えると、外部から受け入れた研究員が研究データを盗んだ場合には、その態様により、窃盗罪、業務上横領罪、あるいは背任罪の責任を問われる可能性があり、場合によっては不正競争防止法違反罪にも該当することもあります。海外からの留学生や研究員が帰国の際に無断で研究データをもちだした場合にも同様のことが考えられます。

また、海外へ行っていた研究員か゛データを日本にもち込んだ場合には、当該外国の法律によって処罰を受ける可能性があります。最近では、ハーバード大学の研究員が抗体反応の実験などに使われる資材などを大学の許可なくもちだし、新たな勤務先となるテキサス大学の施設に運んだとして、連邦地検に窃盗物の州外搬送の罪で起訴された事例があります(産業スパイ法違反には問われませんでした)。

コラム

秘密漏洩防止のための対策

秘密データの管理については、できるだけ細かな手当を施す必要があります。データにアクセスできる権限者をできるだけ少数に限定したり、データの外部もちだしやコピーができないようなシステムを構築したりする方法が考えられます。また、従業員や研究員に誓約書を差し入れさせ、あるいは就業規則や管理規定などを作成して、秘密保持の義務を課する必要があります。さらに退職後も含めて一定の競業避止義務を負わせる契約をしておくとよいでしょう。そのうえで、これらの義務に違反した場合には、損害賠償義務を負わせることも規定しておくべきです。秘密の漏洩については、外部からのさまざまな誘惑があるため、常日頃から秘密保持義務の重要性とその違反に対する制裁(懲戒処分や損害賠償)なども徹底して教育しておく必要があります。