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旧社会保険庁職員3名に対する分限免職処分が取り消されました

人事院で旧社会保険庁職員3名に対する分限免職処分が取り消されました

渡辺 輝人2013年10月25日
弁護士 渡辺 輝人

1 3名の処分の取消

2009年12月末に社会保険庁が解体され、2010年1月4日から政府の特殊法人である日本年金機構が発足して年金業務を引き継ぎました。その際、多くの社会保険庁職員は引き続き勤務を続ける一方、525名の職員が民間の整理解雇に当たる「分限免職処分」(国家公務員法78条4号)を受けました。

京都では、分限免職処分を受けた15名の職員(いずれも全厚生労働組合京都支部所属)が(1)処分取消を求めて裁判所に提訴、(2)人事院に対して不服申立(審査請求)をしていました(提訴時の記者会見についてはまきえや2010年秋号の藤井豊弁護士の報告文参照)。

2013年10月24日、上記(2)の人事院に対する不服申立に対して、人事院が判定を下し、3名の職員の分限免職処分を取り消しました。処分が取り消されたのは北久保和夫さん、中本邦彦さんともう一名の女性です。北久保さん以外の2名の方は、厚生労働省近畿厚生局への転任面接(わずか15分!)の成績が他の給与号俸同じ転任内定者の面接成績と同等以上だったことを理由とするもので、先行する他地域の事案と同様の理由によるものです。一方、大阪地裁の訴訟は年明けにも証人尋問が開始される予定です。

処分が取り消された3人の方に心から「おめでとう!」と申し上げます。また、今回は不当判定を受けた12人の方は、「これから一層、一緒に頑張りましょう!」。

2 注目に値する北久保さんの処分取消理由

北久保さんは2000年から2002年にかけて全厚生京都支部の支部長をしていましたが、そのときに書記長をしていた川口博之さんが「無許可専従行為」をしたとして懲戒処分を受けたことに関連して、川口さんの上記行為を「惹起した」という理由で2008年9月3日に懲戒処分を受けました。しかし、北久保さんはこれの取消を求めて、訴訟、人事院への不服申立をし、最終的には分限免職後の2011年9月1日に人事院で懲戒処分が取り消されました(懲戒処分の取り消しについてはまきえや2012年春号の藤井豊弁護士の報告文参照)。

ところで、上記日本年金機構への社保庁職員の移行については、業務実態も物理的な職場もほとんど何の変わりもないのに「新規採用方式」が採られ、(1)日本年金機構設立委員が示した基準に基づき社会保険庁長官が面接資格のある社保庁職員の名簿を作成し、(2)日本年金機構設立委員がその名簿に登載された社保庁職員の中から日本年金機構の職員となるべき者を採用することとされました。

そして、(1)の前提として、2008年7月29日に第一次安倍内閣の下で「日本年金機構の当面の業務運営に関する基本計画」という閣議決定がされ、この中で「特に、国民の公的年金業務に対する信頼回復の観点から、懲戒処分を受けた者は機構の正規職員及び有期雇用職員には採用されない。」とされたことから、政府(直接的には厚労大臣)の監督を受ける設立委員が定めた採用基準でもそのようにされ、結局、北久保さんは社保庁長官が作成する上記(1)の名簿に登載されず、日本年金機構に移行できませんでした。

この「新規採用方式」は、実は旧国鉄を解体し、分割民営化(実質的には「昭和の官営物払い下げ事件」と言ってよいでしょう)した際に、職員を差別採用し、国鉄労働組合等労働組合の組合員らを排除した仕組みを模倣したものでした。しかし、国鉄方式での差別採用が表面上は”上手く行った”(結局は破綻し、不採用となった組合員らに対して一人平均2000万円以上が支払われる政治解決)のは、職員を選別して名簿を作成する(すなわち直接違法行為の手を下す)日本国有鉄道(公社)が、JR発足後は国鉄清算事業団となり、3年後には解体して無くなってしまったため、雇用責任を追及するのが困難だったからでした。

一方、社保庁解体と日本年金機構発足の際は、送り出し側となる社会保険庁が無くなるものの、社保庁は国の一機関に過ぎないため、国家公務員の使用者たる国の責任が消えて無くなるわけではありませんでした。今回の北久保さんに対する判定は、北久保さんを名簿に登載しなかった社会保険庁長官の行為について落ち度を認め、その結果、日本年金機構に採用されずに分限免職処分となったことについて「妥当性を欠く」としてなされたものです。その意味で、この勝利判定は、国鉄分割民営化に抗する労働者たちの鬼気迫る闘争が積み上げた理論的成果の延長線上にあります。

また、この判定は「国鉄解体の方式を真似すれば責任は回避できる」という安易な判断の下になされた525名に対する分限免職処分全体に対して根底から疑問を投げかける意義もあります。さらに、社保庁解体の方式を模倣して職員を分限免職処分にする条例を制定した大阪市、大阪府にも警鐘を鳴らすものと言えます。

一方、当の人事院は、社保庁長官が他の懲戒処分歴のある職員を名簿に登載しなかったこと(これは先述のように第一次安倍内閣の指示)については沈黙しており、完全に論理矛盾を引き起こしています。旧社保庁の懲戒処分は、例えば年金記録の業務目的外閲覧(例えば有名人の年金記録の閲覧)を根拠にするものが多数ありますが、実際には、行為者が他にいるのに、使い回しされていた端末のIDカードの所持者が「管理責任」を問われたものが多くあります。それらの事例をはじめ、懲戒処分歴のあるなしで名簿登載を差別されることは違法であることを、法廷で徹底的に追及する所存です。

3 香川の判定について

また、10月24日には、香川の旧社会保険庁職員に対しても、処分取消の判定がされました。この職員は、社保庁解体前の社保庁バッシングの世論のなか、電話や窓口対応で罵声を浴びせられる中、必死で勤務した末に、うつ病を発症しました。このような状態で厚労省への転任面接を受けてもよい成績を得られるわけはありません。この職員は分限免職後にうつ病発症について公務上災害の認定を得ました。人事院はこの点をとらえ、うつ病にならなければ「(転任不可である)D評価とはことなるもの」になった可能性に言及して、処分を取り消したものです。人事院が旧社保庁職員らの置かれた個別の事情を判断して処分を取り消したことは画期的と言えます。また、公務員の法体系の中で、病休中の職員について国公法78条4号に基づく整理免職する際の配慮に関する規定を欠く中でこのような判断をしたことも公務員の働く権利を大きく前進させたものと言えます。一方で、そのような事情に置かれていた職員は複数の京都の原告も含め他にも多数いたので、公務上災害の認定を受けた場合のみ人事院判定の判断要素とするのは「二枚舌」であり、許されざる不公正な判定です。この点についても、今後、訴訟で徹底的に追及する所存です。


記者会見する中本さんら原告団、労働組合、弁護団