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クルマと旅と花と

クルマと旅と花と

村山 晃弁護士 村山 晃

車の事故があとをたたない。歩道などを歩いている時に、突然かつ一方的にはねられ死亡した無念さには、はかり知れないものがある。JR脱線事故や飛行機の事故等で犠牲者が多いと、マスコミも大きく取り上げるが、理不尽な死亡であることに何の違いもない。いやむしろそれ以上に身近で安全な場所での突然の出来事だけに、やりきれなさは一層募る。そんな事件をいくつも担当してきた。そのたびに車の罪を思い知る。私たちの事務所は、30年以上前は、車に乗らないことを、決めたわけではなかったが、一種の「所是」となっていた。車は贅沢品だとか、加害者にも被害者にもなりたくない、という思いがあったからだ。そんなことで、私も長い間免許無しの生活を送ってきた。

そんな私が50歳になったのを期に、免許を取ることとなった。ある弁護士は「自殺行為」だと言った。私がもっと恐れたのは「他殺行為」とならないか、ということだった。それに環境にも優しくない。運動不足が加速され健康にも優しくない。健康上の理由で、50歳を期に、車に乗ることを止めたという人もいる。私のようにただでさえ運動不足の身には、それが正解に違いない。しかし、事務所は、いつの間にか、車に乗る人が増えていき、結果的に「所是」はどこかに行った。「所是」は大昔の話になってしまっていた。そして、私も、少し行動半径を広げてみたいと思うようになって、いつの間にか車人間の仲間入りをしていた。

免許取得は、50の手習いである。当初、教習所に通い、車に乗った時は、アクセルとブレーキを間違ったり、アクセルを踏みすぎたりして、ものすごく恐ろしい思いをした。ほとんど最高齢に近い私のような教習生は、若い人たちに取り囲まれて緊張しっぱなしであった。免許を取ってしばらくしても路上で「恐怖」はついて回った。しかし、車に乗るようになって、大きな発見をした。それは、車というものは、私にもあやつれるし意外と安全な乗り物だということだ。それはそれで驚きであった。狭い道路で離合するときも、互いに滑らかに行動する。人というのが、一般的にはこれほどルールに従って行動する動物だとは、それまで正直思わなかった。

さて、車のおかげで私の行動半径は、飛躍的に拡がった。
私は、もともと旅を大好物にしていた。学生時代には、国鉄の周遊券一つで、東北や九州、四国を駆けめぐった。弁護士になってからは、会議や仕事の「ついで旅行」が激増した。結局、日本の都道府県をすべて周り尽くした。同じところを何度も行った。そして、車に乗るようになって、行く先はさらに拡がった。車は、その時々に合わせて行く場所を選べる。赴いた先々で、それまで行ったことのない奥地に踏み込む。自らの意思で、どんどん走る。目的地を自在に決め、車を自らあやつり目的地に向かう。そんな快適な想いにどうして長い間疎遠であったのだろう。

そして、もっと変わったのは、日帰りで行ける周辺の探索である。結構あちこち行っていたが、車に乗って初めて行った場所が少なくない。そして、それはどこも「花の名所」である。花のピークに目的地に直行する。それは、私のそれまでに無かったすごい経験となった。おそらく、これは年齢的なことも影響しているに違いない。何しろ、それまで花になぞ振り向いたこともなかったのだから。

藤の花 私が車に乗るようになって初めて行くようになり、その後もほとんど欠かさず行っているところがある。もちろんどこも満開の時期を確かめ、行ける日に、そこにターゲットをあてて行くのが最良だ。天気が良いことも花を愛でるうえでは欠かせない。

私の一押しエリアの一端を紹介させてもらおう。
梅は、奈良の月ヶ瀬梅渓の趣が格別だ。渓谷(今はダム湖になっている。残念)沿いに、そして丘陵に、一面梅が咲く。北野神社や随心院の梅林もきれいだが、月ヶ瀬は、自然の趣がこれに加わる。

桜は、名所にこと欠かないが、海津大崎から奥琵琶湖パークウェイへつながる桜並木が圧巻だ。吉野もそう遠くなく、豪華な名所だが、人がやたら多すぎ、アクセスにも手間取るのが難である。そして、山桜(吉野)より、やはりそめい吉野の方が美しい。朝早く出勤前に、すいている寺社にいくのも良い。車のおかげで我が家の近くの吉峰寺や花の寺にも気軽に行けるようなった。美しいしだれ桜と出会える。

4月の終わりから5月にかけては、いろんな草木が一斉に花を咲かせる。
しゃくなげは、日野町の鎌掛がいい。やはり渓流沿いにきれいな花を咲かせる。その自然さが何よりだ。ついでに正法寺のふじを楽しむ。ある時、室生寺で、すごくきれいに咲き誇っていたしゃくなげに出会った。しゃくなげという花が、そんなにきれいな花だと、その時初めて知らされた。しかし、その後時折訪れるものの今一つだ。花は大変きままらしい。

ぼたんなら長谷寺、ふじなら春日大社・平等院など定番になっているところはやはりいい。
しかし、それほどポピュラーではないが、宇治の三室戸寺のツツジが、私は大好きだ。一面に拡がるツツジの丘に、あでやかな赤・ピンク・白の花が入り乱れて、緑の葉を、全て包み隠す勢いで咲き誇る。このお寺は、しゃくなげをライトアップするなどして花の寺として売り出しているが、ツツジが一番である。

あじさいは、やはり奈良の矢田寺だ。花には、咲き方や周囲の雰囲気が大きな影響を与える。梅雨の時期、雨あがりのあじさいがいい。

7月、はすの花が咲く。琵琶湖、草津の烏丸半島の小さな湾をすべておおって咲き誇るはすの花には、正直言葉を失った。何しろすごい。

そして、日帰りで高原植物と出会えるのが伊吹山だ。俗化していると言えばそれまでだし、今ならあんな山の上までドライブウエイもつけられなかったかも知れない。山頂近くの駐車場の大きさは半端ではない。しかし、それでも時間が少し遅くなると長い行列ができる。朝早く出かけるしかない。この「開発」と「車」のおかげで、私は山頂で高山植物と戯れることができた。

どうやら紙数がつきたようだ。秋から冬にかけては、次の機会にしよう。

花をどれだけ賛美をしても、車をそれほど賛美するつもりはない。車が動く凶器であることには違いがない。事故の被害者を思うとき、車を楽しむことに躊躇を覚える。しかし、免許が取れる年から50歳まで32年間も辛抱してきたのだから多少ぜいたくをさせてもらっても良いのでは、と勝手に思っている。それに、私は交通事故の被害者事件が圧倒的に多い。免許を取って実際に車に乗るまで分からなかったことが、自分のなかでそれなりに理解できるようになったことは、仕事を進めていくうえで、大いにプラスになった。それを被害者の方々に返していければ、車に乗ったことの罪は、多少は癒されるかも知れない。

いましばらくは、花と戯れるのに車を利用させてもらおうと思っている。くれぐれも加害者になることのないよう、最大の注意を払いつつ。