1.地域の状況と問題の背景
計画地は、京都市中京区の壬生地域で、計画地周辺には旧前川邸(田野家。写真。〔旧前川邸〕でスマホ検索できます〕)の他、同じく屯所であった八木邸や新徳寺、壬生寺など、新選組関連の史跡が集積している地域です。道路は各所で幅員4メートルを切る細街路で、建物はほとんどが2階建てで、15メートルを超えるマンションはありません。
京都市では新景観政策(2007年)により、歴史的中心市街地の高さ規制は31m(11階建て)から15m(5階建て)までになり、景観規制も強化されました。しかしながら、壬生地域は、景観地区に位置づけられ、景観計画も策定されたにもかかわらず、20m(7階建て)規制のままであったため、7階建て、108戸のワンルームマンションが計画されたものです。
2.開発許可の経緯
2019年12月、 H氏に、事業者(大阪市)から、「南側に隣接する駐車場を取得したが双方の車両の出入りのため道路を4メートルに拡幅したい」旨同意を求められ、同意してしまいました(図面参照)。
このときは、今回のマンション計画など全く聞かされていませんでした。
ところが、この同意書が、都市計画法33条1項2号の接続先道路を拡幅する同意書として、開発許可申請に使われ、京都市長は2020年5月に開発許可をおろしてしまいました。
3.審査請求の取り組み
これに対し、H氏の同意は【詐欺・錯誤】であるとして、【無効・取消】通知を送ったうえで、開発許可の取消を求めて、上記史跡を含む周辺住民509名(弁護団6名)が、京都市開発審査会(会長は立命館大学法学部須藤陽子教授〔行政法〕)に開発許可取消を求め、併せて執行停止を求めました(8月7日)。
10月19日には公開口頭審理が行われ、住民及び弁護団が意見陳述をおこないました。
意見陳述の結びは、次のとおりです。
景観法及び新景観政策においては、開発許可の基準の中に、景観保全がとりこまれているにもかかわらず、処分庁は、自らの策定した景観計画や歴史細街路の基準を全く考慮せずに、しかも、何らの住民に対する事前説明・協議も事業者に求めないまま、道路要件までも違法に緩和する瑕疵ある開発許可を与えてしまった。
本事案における京都市開発審査会の判断は、京都のみならず、新選組フアンは勿論、全国的にも注視されている。
本件開発区域周辺は、細街路に沿って高密度に住宅が建ちならんでいるともに、壬生地域の中でも新選組関連の歴史的資産が集積している地域であり、住環境の保全・再生と歴史的資産の保全・再生が将来にわたって求められている地域である。
今後の指針となるべき詳細な理由及び建議を付した取消裁決がなされるべきであることを申し述べて、結論とする。
4.裁決
11月24日に送付されてきた裁決は、H宅は、計画地に隣接しておらず火災等の被害が直接及ぶことが想定されないとして、請求人適格を認めず、田野家ら隣接住民にのみ適格を認め、【棄却・却下】しました。
住民は、①景観破壊、②一方通行の進入路が4メートルに満たない違法、③旧前川邸の長大な庇は幅員から除外すべきこと、等を訴えてきました(図面参照)が、裁決は、景観は都市計画法の保護法益でないとし、消防局へのヒアリングから災害の防止上の危険は増大しないとし、行政事件訴訟法10条1項の準用が通説的見解として、上記②、③の論点については「判断しない」としました。
しかしながら、【付言】で、次の通り宣言し、結果的には、工事差止めと現計画を撤回させる成果を得ることができました。
本件開発許可は、処分時には適法になされたものである。しかし、処分時には適法であったものの、H氏は既に同意を取消し、現状として開発許可の要件である道路拡幅を行うことができない状況がある。つまり、開発許可は事後に処分要件を欠いた、瑕疵ある処分となっている。かかる瑕疵の治癒には、開発者が再びH氏の同意を得ることが必要である。
道路拡幅は、開発を許可する前提である。開発許可の前提である道路拡幅の同意が得られていない状態で、工事の着手は許されない。処分庁には、開発者に対し、このような瑕疵がある状況で工事に着手させないように、監督権限を行使すべきことが求められる。そして、そのような瑕疵ある状況で開発者が工事に着手した場合は、開発者はH氏の同意を得ることを断念し、瑕疵ある状況が治癒しないことが確定したものと判断できるため、処分庁は、職権による開発許可の取消しをすることも禁じ得ないものというべきである。
そもそも、本件の問題は、開発者と地元住民との間に適切な信頼関係が築けなかったことが発端のように思われる。開発者に対し、地元住民との信頼関係を築くよう真摯な対応を望むものである。
結果、当初計画は撤回されましたが、地元の要求は3階建てまでなので、これから土地利用についての第2ラウンドの取り組みが始まるところです。
5.コメント
裁決の主文は【棄却・却下】のため、事業者は裁判で争えず、京都市はもともと裁決を尊重するとの立場のため、短期間での実質的勝訴となりました。2016年の行政不服審査法の改正(審査請求前置の廃止)で、裁判で争うこともできたのですが、裁判所ではここまで踏み込んだ付言をすることは想定されないため、この場面ではやはり審査請求の選択が適切であったことになります。
裁決本文の内容については審査請求人適格の範囲が狭すぎることや行訴法10条1項の準用など、批判すべき点は多々ありますが、結果的には、審査請求をおこなったことと、マスコミが大きく取り上げてくれたことが、短期間での成果に結びついたものと思います。
以上
(当事務所の担当弁護士 飯田昭、尾﨑彰俊、森田浩輔、細田梨恵)