活動紹介

古都京都の文化財のバッファゾーンをめぐって
――京都における世界遺産バッファゾーンでの開発問題の現状と課題

我が国が採択から二〇年を経て1992年6月にようやく批准した世界遺産条約に基づき、1994年12月、京都市、宇治市および大津市に所在する一七カ所の文化遺産が、「古都京都の文化財」の名称で世界遺産に登録された。

世界遺産条約に基づき、京都市は全世界に対し、世界遺産の保護および保存に当たらなければならない義務を負っている。そして、上記義務などの履行を確保するための作業指針は、「資産を保護するために必要な場合には、適切に緩衝地帯(バッファゾーン)を設置すること」とし、「設定された緩衝地帯が当

該資産をどのように保護するのかについてのわかりやすい説明もあわせて示すこと」など、バッファゾーンに関する定めをおいている。

バッファゾーンは、登録された世界遺産本体を、物理的、社会的、文化的に保護する役割を果たす重要な意義と役割を有しており、この保存管理なくして遺産本体は保護し得ない。

「古都京都の文化財」についてもそれぞれバッファゾーンが設置され、世界遺産登録推薦の際、「法的事項②法的保護状況」において、「登録資産緩衝地帯、及び歴史的環境調整区域は、都市計画関係の法律、条例等によっても保護されている」とし、バッファゾーンについて開発規制がなされていることを世界に対して明言した。

ところが、京都市は2007年9月に新景観政策を施行して風致地区に特別修景地区を設けて一見景観政策を進化させたにもかかわらず、今なおバッファゾーンのコントロールは不十分なままであり、さらには高級ホテルを誘致するために「上質宿泊施設誘致制度」を2017年5月に策定して、規制緩和をバッファゾーン内にもおよぼそうとしている。

本稿では、半鐘山、哲学の道、下鴨神社、仁和寺について紛争の状況と問題点を概観し、あわせて、バッファゾーン保全のための方向性を検討する(注1)。

半鐘山/銀閣寺バッファゾーン開発問題1

半鐘山は銀閣寺道から北東に入った白川と閑静な住宅地に囲まれたところにある千坪程の里山であった。以前は銀閣寺の寺領で、東山の先端部分に位置し、銀閣寺のバッファゾーンで、古都保存法による歴史的風土保全区域、風致地区第二種地域に指定されているが、歴史的風土特別保存地区には位置づけられておらず、市街化区域、第一種低層住居専用地域のため、法的には開発が可能であった(写真1)。

業者による開発計画は、山を全面的に削り、一三戸の住宅を開発し、白川に橋を架けて、既存道路につなげ、進入道路とするものであった。地域住民の「緑の保全」を求める請願は1999年3月、京都市議会に提出され、全会派一致で採択された。

ところが、京都市長は、2001年3月29日、業者に都市計画法に基づく開発許可をおろしてしまったため、開発審査会(一部棄却・一部却下)、開発許可取消訴訟(最終的には取下げ)、開発工事差止め仮処分(認容)、損害賠償請求訴訟(和解)が取り組まれた。最終的には①宅地面積は当初計画の約半分で中央部分のみとし、13区画数を区画から五区画に限定する②周囲部分は掘削せず植樹して京都市に寄付し、周囲から見れば山が回復した状態にするなど、住民側の要求の大半が満たされたため、2006年12月26日、業者側との和解成立に至った。

半鐘山は世界遺産・銀閣寺に近接するバッファゾーンでもあるため、ユネスコの世界遺産センターと、その調査を担当するNGOであるパリのイコモスへの要請行動を行った。

この過程で明らかになったことは、ユネスコ・世界遺産センター側は、バッファゾーンに指定されている以上、法律・条例によって適切に保全されているものと認識していたのに対し、京都市はバッファゾーンの正確な位置の市民や業者に対する周知さえ不十分で、かつ、歴史的風土特別保存地区に指定されていない限り、風致地区であっても全面開発は許容され、開発した住宅地に一定割合の緑地を残せば問題ないと考えていることとの重大なギャップであった。この要請を受けて、ユネスコ世界遺産センター所長バンダリン氏は、日本政府に、「半鐘山は歴史的山地である東山から降りてくる丘陵部の先端部である。世界遺産センターとしては、開発許可が出された事実に対し驚愕せざるをえない」との書簡を出した。

最終的に開発計画を大幅縮小させて解決に至ったのは、崖上、崖下になる周辺住居の危険性の立証が奏功し、開発工事の差し止め仮処分が認容されたことであった。

ここで得られた課題としては第一に、京都市は「古都京都の文化財」の各登録資産について、バッファゾーンの存在、区域および範囲について、広く市民や事業者に周知すべきである。第二に、バッファゾーン内の緑地は「古都保存法」の定める歴史的風土特別保存地区の指定を拡大して保全する必要があるし、風致地区条例の解釈としても、少なくともバッファゾーン内は開発を認めないことを原則とすべきである(注2)。

写真1

哲学の道/銀閣寺バッファゾーン開発問題2

2013年9月、同じく銀閣寺のバッファゾーン内で散策路として幾多の市民・来訪者に親しまれている「哲学の道」の東側、琵琶湖疏水沿いに位置し、法然院の西側斜面地に連なるニチレイ保養所跡地に、宅地開発問題が持ち上がった(写真2)。

保養所跡地を買い取った業者は旧建物を解体し、敷地西側の樹木を皆伐してしまった。地域住民は京都市議会宛誓願書の提出や法然院でシンポジウム「世界遺産と都市開発を考える」を開催し、京都弁護士会も2014年5月、「世界遺産内における開発行為等に対する意見書」を京都市長宛提出した。

この問題は、マスコミにも取上げられ注目されることとなり、京都市も開発許可に慎重な姿勢を示さざるを得なかったこともあり、同年6月、施主事業者は開発を断念し、保全を指向する第三者に売却するに至った。

地形的には、法然院から当該地東側半分までが急斜面になっており、都市計画法上の用途地域は第一種低層住居専用地域で、当該地の三分の一にあたる北東部分は、風致地区条例により風致地区第三種および新景観政策の施行に合わせて「銀閣寺周辺特別修景地域銀閣寺西側地区」に指定されている。他方、山側の法然院は、古都保存法上の歴史的風土特別保存地区に指定されているが、当該地ははずれていた。

世界遺産条約が求めるバッファゾーンの趣旨からすると、古都保存法に基づき歴史的風土特別保存地区に指定するか、新景観政策で改正された風致地区条例の「特別修景地域においては樹木の保存が求められている」という運用を厳格にする必要があるが、京都市は特別修景地域であってもなお樹木の伐採を緩やかに認めている。

下鴨神社バッファゾーンでの神社によるマンション建設問題

2015年3月、下鴨神社の境内南端のバッファゾーンに高級分譲マンションを建設する計画が新聞に大きく報道され、初めて市民の知ることとなった。マンション建設予定地はもともと糺の森の一角であったが、駐車場と研修道場になっていた(図1、写真3)。計画はこの場所に、八棟からなるJR西日本開発が事業者となる低層高級分譲マンションを建設し、五〇年間の定期借地権として販売するというものであった。

神社自身によるマンション計画の問題点

第一に、開発による世界遺産への影響である。計画地は登録エリアのコア部分と隣接しているだけにダメージは大きい。

ユネスコが世界遺産条約締約国に示した遺産保護のための作業指針では、「完全性」「真正性」が必須の条件となっており、かつそれらが将来にわたって適切に管理されなければならない。また、遺産にかかわる自然、景観など周辺環境も保全の対象とし、文化遺産の形状・意匠だけでなく精神、感性も引き継がれなければならないとしている。下鴨神社と糺の森は、市街地に残された貴重な歴史と文化、自然であり、京都市民はもとより、全国・世界から訪れる人々にとって、今やその宗教にかかわらず、荘厳・神聖さを体感することのできる場となっている。

京都市は新景観政策により、風致地区「下鴨神社周辺特別修景地域」として樹木の保存を求めているのにもかかわらず、四五本ものニレの木の大量伐採を許す風致許可を与えてしまった。

第二に他の神社仏閣への影響が大きい。すでに、下鴨神社を「大企業」とすると、「中小企業」にあたる京都御苑の東側にある梨の木神社は、敷地内の鳥居前にマンションを建築済で、京都の代表的神社、下鴨神社で開発行為が認められるならば同様の計画が相次ぐことが懸念される。

第三には、世界遺産は国民の共有財産であるにもかかわらず、住民・市民への説明を無視した手続きで、計画を決めてから初めて公表した。

世界遺産条約では、世界遺産に対し「社会生活」( the life of the community )における役割を与えることを規定しており、条約にもとづく2015年改定の「作業指針」では、資産の効果的管理体制に共通する要素として、「すべての関係者が資産についての理解を十二分に共有していること」を挙げて地域社会( community )の役割を重視していることとも背馳する。

マンション建設の強行と裁判

「糺の森問題を考える市民の会」「糺の森未来の会」は、日本イコモス国内委員会やパリ・ユネスコのイコモス会長にも直接計画撤回を求める要望をおこなった。マンション建設はバッファゾーンに係る大きな変更となるため、本来、京都市は「世界遺産履行ガイドライン」で明記する変更承認を世界遺産委員会に求めなければならないのにもかかわらず、この手続きもなされていない。

しかしながら、京都市は風致許可をおろし、事業者は建築確認を取得したため、風致許可取消訴訟(2016年3月23日提訴)と建築確認取消審査請求(棄却)・建築確認取消訴訟(2018年9月20日提訴)が取り組まれた。

風致許可取消訴訟では、樹木の大量伐採は風致地区条例に違反することを中心争点として主張・立証したが、京都地裁の2017年3月30日判決は「風致地区条例は周辺住民の利益を保護するものではない」との古典的理屈で、周辺住民の原告適格を否定して却下した。

また、同日の建築確認取消訴訟判決は、周辺住民の原告適格こそ認めたが、内容については八棟のマンションをつなげば形式的に「一つの建築物」とする極めて粗雑なものであった。現在の状況は写真4のとおりであるが、大半が京都市外所有者の別荘もしくは投資利用のようである。

仁和寺門前(バッファゾーン)高級ホテル建設問題

世界文化遺産御室仁和寺の門前(写真5、6)で、世界文化遺産のバッファゾーンであるとともに、古都保存法により歴史的風土保存区域に指定されている。また、京都市風致地区条例により風致地区第三種地域および仁和寺・龍安寺周辺特別修景地域でもある。

用途地域は、主要道路側の第一種住居地域と生活道路側の第一種低層住居専用地域にまたがるが、敷地全体では第一種住居地域の制限が適用される。

本ホテル計画は、地下一階地上三階建て、延べ床面積約五八〇〇平方メートルの高級ホテルを建設しようというものであり、建築制限三〇〇〇平方メートルの二倍近い面積でもって、東京に本社がある(株)共立メンテナンスにより計画されている。

京都市は、上質宿泊施設誘致制度をはじめて適用して選定し、計画を後押ししている。選定理由には、本計画が優れたデザインであること、地元の仁和寺門前まちづくり協議会が事業者と協議を重ねていることなどが記載されている。

しかしながら、本計画については、仁和寺周辺に居住する大半の住民からも反対の声があがっており、市民団体や著名人・有識者グループからもホテル計画の見直しを求めるアピールが発表されている。

法的規制について

第一種住居地域においては、住居地域としての住環境を保全する趣旨から、三千平方メートルを超える床面積の宿泊施設は許容されていない。ただ、「第一種住居地域における住居の環境を害するおそれがない」場合に該当すれば京都市長による特例許可が可能ではあるが、京都市ではこの基準は定められておらず、かつ前例もない。

また、特例許可を与える場合には、事前に利害関係を有する者の出頭を求めて公聴会を開催することが必要であり、その後、建築審査会での審議・同意および美観風致審議会への諮問を経て、建築基準法第四八条但書に基づく特例許可を行なうか否かの判断を京都市長が行うことになる。

特例許可の要件を満たさないこと

本ホテル計画は、第一種住居地域において許容される延べ床面積の二倍近いボリュームをもつものであり、周辺の土地利用状況が二階建てまでであること、周辺道路の混雑状況からも周辺環境との適合性は認められない。また、すでに宿泊施設が供給過剰の状況であり、床面積の大きな宿泊施設を建設しなければならないという社会的・経済的実態もない。

ましてや、世界遺産仁和寺の門前・バッファゾーンに位置しており、古都保存法に基づく歴史的風土保存区域、京都市風致地区条例により風致地区仁和寺・龍安寺周辺特別修景地域にも指定されていることより、なおさら周辺環境との適合性は認められない。

しかも事業者は、大阪府守口市の学童保育所における不当労働行為を労働委員会で認定され、これを受けて京都市でも二度にわたり入札の指名停止処分となり(二回目が2021年10月)、選定業者の要件としての信用性も認められない。京都弁護士会も2021年6月25日、許可すべきではないとの意見を出した。

しかしながら、京都市はなお計画を進める意向である。

世界遺産バッファゾーンとの関係

繰り返すが世界遺産のバッファゾーンには、資産の完全性、真正性を効果的に保護するために必要な法的規制がなされる必要がある。古都保存法の歴史的風土保存区域および京都市風致地区条例による風致地区、仁和寺・龍安寺周辺特別修景地域に指定されていることは、バッファゾーンが資産の真正性、完全性を保全するのに必要な規制措置である。

古都保存法は、1960年代後半、かつては仁和寺の寺領であった双ケ丘の開発計画が大きな問題となり、同時期の鎌倉市の鶴岡八幡宮の裏山の開発問題とともに、全国的な問題となったことを契機に厳格な保全手法として制定されたものである。そして、仁和寺と双ケ丘は開発が認められない歴史的風土特別保存地区に指定され、また本ホテル計画地を含む仁和寺と双ケ丘を結ぶ住宅地は歴史的風土保

存区域に指定され、これにより仁和寺と双ケ丘が一体となった優れた景観が保全されている。

そして、2007年9月の新景観政策の施行にともない、風致地区条例による第三種風致地区の規制に加えて、「仁和寺・龍安寺周辺特別修景地域」に指定され、景観規制の強化が図られた。これらの制限を安易に緩和することは許されない。

手続的にもできるだけ早い段階、例えば具体的な事業の計画書を起草する前に、また変更不可能な決定を行う前の段階で、世界遺産委員会に通知すべきこととされている。京都市は、世界遺産委員会に対し、反対意見や公聴会の状況も含めて正確に報告したうえでその意見を求めるべきである。

注1 字数の関係で割愛した詳細については、半鐘山、哲学の道の開発問題については本誌2014年7/8月(432)号34頁以下(飯田昭+玉村匡)を、仁和寺門前ホテル問題については住宅会議2021年10月(113)号43頁以下(中林浩)を、また関連する京都弁護士会(https://www.kyotoben.or.jp/)の二つの意見書(2014年5月15日「世界遺産内における開発行為等に対する意見書、2021年6月25日「仁和寺門前の『(仮称)京都御室花伝抄計画』についての意見書」を合わせてご参照いただきたい。

注2 その後、新景観政策(2007年9月施行)に連動して風致地区条例に「特別修景地域」が付加されたが、後述のとおり、その運用は今なお極めて不十分なままである。