まきえや

イギリスから帰ってきました

イギリスから帰ってきました

2004年4月末より、産休に引き続き約2年間休職しておりましたが、この4月より復帰することになりました。休職にあたり、依頼者の皆様他、いろいろな方にご迷惑をおかけいたしましたこと、今更ですがお詫び申し上げます。個人的には、休職中、夫の仕事の関係で約1年半イギリスに滞在したこともあり、これまでの生活や仕事等々を考え直すいい機会となりました。

そもそも私が弁護士を志したのは、自分が一労働者として働く中で、労働者の権利が守られていないということを強く感じたからです。また、仕事の段取りをうまくやって能率を上げ、定時に帰宅する労働者より、たばこを飲んだりお茶を飲んだり、漫然と仕事をして長く職場にとどまっている労働者の方が、「会社人間」として評価されるというような労働現場の実態にも疑問を感じていました。もっと人間らしい働き方がしたいし、そんな社会にもしていきたいと思い、一念発起して司法試験に挑んだのです。

オックスフォード大学の食堂

大聖堂

ところが、実際に弁護士になってみると、私自身があっというまに仕事人間に豹変してしまいました。土曜も日曜も事務所に出勤して仕事。夜8時に仕事が終了すると、今日は早く仕事が終わったなと感じていました。念願だった労働事件や社会的事件に取り組む毎日はとても充実していて、長時間労働も苦になりませんでした。一方で、確実に夫と過ごす時間は減っていきましたが、夫も仕事が大好き、お互い充実した毎日を送っているからいいんじゃないかと思っていました。

自分たちの働き方に疑問を感じたのは、イギリスで暮らし始めてからです。イギリスでも、ロンドンのような都会では日本人顔負けに仕事をする人もいるそうですが、私たちが住んでいた田舎町の人たちは、まず残業はしません。一度、乗っていたクルマがパンクしてしまい、他の予定をキャンセルして何とか5時10分前位に修理屋に駆け込んで、ああ間に合ったとほっとしたのもつかの間、もう時間がないから明日また来てねとあっさり言われてしまったことがありました。また、会社などの担当者が休みの場合、その担当業務が完全にストップすることもよくありました。2~3週間の長期休暇の場合であっても、です。残業しないのはともかく、休み中の仕事の引き継ぎをしないというのは、はじめはかなり違和感がありました。しかし、よく考えてみれば、一人の人間がやっている業務を、他の人に簡単に引き継げるものではありません。利用者としては不便だけど、労働者が残業をさけたり、長期休暇をとったりするためには仕方のないことなのかもしれません。人間らしい働き方と簡単に考えていたけれど、現実にはとても難しいことなのかもしれないと思いました。

イギリスのイラク戦争反対のデモ

セブンシスターズ海岸

とはいえ、このようなイギリスでの体験も、もし息子がいなければ、単なる理屈の問題、あるいは文化の違いで片付けてしまったに違いありません。私たち夫婦は、とにかくせっかちなたちで、何事も合理的、効率的にやろうとしたものでしたが、子供が生まれてみると、すべてが非合理、非効率、思わぬハプニングの連続です。たとえば、家の近所にある北野天満宮に遊びに行っても、息子は入り口の「牛」を何度もなでなで、門の前の階段を何度も上ったり下りたりで、肝心の梅を見ないまま帰ることもしばしばです。また、出産前は、保育園の保育時間が夕方6時までというのを聞いて、なんて短いんだろうと思ったものでした。しかし、夜8時には寝てしまう子供の生活リズムから考えると、保育園から帰って、夕ご飯を食べさせ、お風呂に入れると、あっという間に寝る時間になってしまい、親子で遊ぶ時間はほとんどありません。実は、6時でもギリギリなのだということがよくわかりました。これでは残業はできませんし、ましてや「今日は遅くなるからお互い適当に夕飯食べようね」なんていう夫婦の会話は、もう絶対にできません。

ということで、思想的というよりは、実際的な理由から、復帰後は、以前のようながむしゃらな働き方はできなくなりそうです。しかし、今は、ちょっと私が他の部屋に行っただけで、泣きながら後を追ってくる息子も、あと10年もすれば、こちらがいくらかまいたくても、「うるせえ、くそばばあ。」なんてことを言うくらい、自立し、成長してくれるかもしれません。それまでの間は、右往左往、試行錯誤の連続になることでしょうが、少しずつでも、また社会的事件や労働事件に取り組んでいきたいと思います。

旧裁判所跡

「まきえや」2006年春号