まきえや

哲学の道ニチレイ保養所跡地開発問題

哲学の道ニチレイ保養所跡地開発問題

問題の発端

銀閣寺(慈照寺)は、京都の世界遺産である「古都京都の文化財」を構成する17の資産のひとつです。世界遺産については、その周辺環境を世界遺産に相応しいものとして保全するためのバッファゾーン(緩衝地帯)が定められています。

この銀閣寺のバッファゾーン内にある「ニチレイ保養所」の跡地に、宅地の開発問題が持ち上がりました。この土地は、哲学の道の東側に面するとともに、同地の東側の森は、法然院通をはさんで法然院の森に連続しています。

2013年9月11日、保養所跡地を買い取った不動産業者から依頼を受けた解体請負業者は、近隣住民を戸別訪問し、敷地内の樹木をすべて伐採する計画であると表明したことから、開発計画が明らかになりました。

住民が行政に違法伐採ではないかと問い合わせし、すべての樹木を伐採することを中止させましたが、10月4日には保養所の解体工事が始まり、開発計画自体が中止されることはありませんでした。

忘れられた半鐘山開発問題の教訓

銀閣寺のバッファゾーン内の開発問題では、半鐘山開発問題が前例としてあります。これは、1999年から始まる長期の裁判闘争、「銀閣寺のバッファゾーン内で開発許可が出された事実に対して驚愕せざるをえません」とのユネスコの世界遺産センター所長バンダリン氏からの勧告(2002年9月)などを経て、2006年12月、開発計画を大幅に縮小し、周辺を緑地として京都市に寄付する形での和解が成立しました(注1)。半鐘山開発問題の教訓を経て、新景観政策(注2)が2007年9月に施行されました。そこでは、風致地区条例を強化し、「特別修景地域」の制度を設けて、バッファゾーン内は「樹木の保全」を図ることになりました。本件跡地の東側は、「銀閣寺周辺特別修景地域銀閣寺西側地区」に指定され、「既存の樹木の保全」が求められていました。ところが、不動産業者は、バッファゾーン内の樹木を全部伐採し、新たな住宅地を造成する開発行為を計画していたのでした。

地元住民は、10月23日、京都市議会宛に既存樹木の保全などを求める請願書を提出、12月24日にも請願書を提出しましたが、継続審議になり、採択されることがありませんでした。京都市も、指導はするものの、この時期には開発をストップさせるという対応ではありませんでした。

開発の問題点と世論の広まり

地元から相談を受けて、国土問題研究会の幸陶一氏らと問題点を検討した結果、樹木の伐採により、地盤の安全性、崖崩れ、出水のおそれがあるなど、当該地は開発不適地であることが、明らかになりました。そのため、開発許可が出された場合に備えて、審査請求で取消を求める手続を検討しました。

同時に、新景観政策が施行され、また現在、「世界遺産指定20周年記念行事」を世界に発信している京都市が、再び世界の笑いものになるような事態は許されないとして、世界遺産のバッファゾーンの問題として、地元と各分野の専門家の連携のもとに、開発を許さない世論形成を図る方針を立てました。

地元の2町内会・哲学の道保勝会と学者・弁護士ら24名は、2014年2月3日、日本イコモス国内委員会に緊急対応を求める要請書を提出しました。また、3月9日には、法然院をお借りして、梶田真章住職をコーディネーターに、シンポジウム「世界遺産と都市開発を考える」を開催し、宗田好史京都府立大学教授(日本イコモス国内委員会理事)による「世界遺産のバッファゾーン(緩衝地帯)保全の必要性」と題した講演を行い、私もパネリストとして参加しました。京都弁護士会(公害対策・環境保全委員会)にも、調査を依頼し、5月15日、「世界遺産内における開発行為等に対する意見書」が京都市長宛に提出されました。

こうした取り組みが功を奏し、この問題はマスコミにも取り上げられ、注目されることとなりました。

勝利的解決と制度的課題

こうした世論形成の中で、京都市も、施主事業者と開発許可に向けた協議を粘り強く続けるようになり、結果、2014年年6月になって、施主事業者は、本件開発行為を断念し、樹木の保全を表明する第三者に売却するに至りました。

保全を求める住民・専門家の運動・世論が、一応の勝利的決着をもたらしたことは、画期的であると評価できます。

しかし、世界遺産のバッファゾーン内でさえ既存樹木が保全できない規制の緩さについては、新景観政策においてもなお課題を残しているといえ、条例の改正ないし新条例の制定が必要です。

(注1)半鐘山の記録として、「守ろう!古都のバッファゾーン」(「半鐘山」住民運動の記録:北白川と半鐘山を守る会 編.つむぎ出版; 2012年)が出版されています。

(注2)新景観政策は、高度地区(都市計画)の引き下げを核とし、6つの条例からなっています。6つの条例とは、(1)高さ規制の特例許可の手続きを定める条例、(2)市街地景観整備条例の改正、(3)風致地区条例の改正による風致地区の拡大、強化、(4)自然風景保全条例の改正、(5)眺望景観創生条例の創設による眺望景観や借景の保全。(6)屋外広告物規制条例の改正です。

 

「まきえや」2014年秋号