事件報告 旧社会保険庁職員分限免職処分取消請求事件について
第1 事案
2009年12月末に社会保険庁が解体され、2010年1月4日から政府の特殊法人である日本年金機構が発足して年金業務を引き継ぎました。その際、日本年金機構法において、職員の承継規定が設けられず、「新規採用方式」がとられました。しかし、実際には多くの社会保険庁職員は引き続き勤務を続ける一方、懲戒処分歴のある職員は「基本計画」(閣議決定)において、機構に一律不採用とされました。懲戒処分歴のある職員を中心に、525名の職員が民間の整理解雇に当たる「分限免職処分」(国家公務員法78条4号)を受けました。
京都では、分限免職処分を受けた15名の職員(いずれも全厚生労働組合【全厚生】京都支部所属)が(1)処分取消・慰謝料を求めて裁判所に提訴、(2)人事院に対して不服申立(審査請求)をしました。
このうち、3名については人事院で処分が取り消され、既に職場復帰しています。残る12名の処分取消請求と、15名の慰謝料請求について、2015年3月25日に大阪地方裁判所で判決が下され、残念ながら、全面敗訴の不当判決となりました。
第2 判決の問題点
1. 争点
大きく言えば、(1)そもそも政府の年金事業が今後も継続するのに職員を整理免職することが認められるのか(国公法78条4号の免職事由に該当するのか)、(2)誰が分限免職処分回避努力義務を負うのか、(3)どの程度の義務を負うのか、(4)義務は履行されたと言えるのか、が争点でした。
2. 国家公務員には免職回避努力義務を
受ける権利がない?-(1)について
判決は、国の組織の在り方については、国会が自由に決めることができる、という認識を前提にして、国家公務員については民間の整理解雇四要件のような、整理免職に際して使用者である国が個々の職員に対して負っている義務は存在しない、としました(判決p51~52)。これは公務員には解雇制限に関する人権がなく、立法さえあれば解雇は自由であると言っているに等しいものです。しかし、いかに国会であれ、ひとたび国家公務員法に基づき任用した職員に対する雇用責任を負うのは当然であり、事後的な立法によりその権利を剥奪することなどできないはずです。
判決は、その一方で、実際に整理免職処分をする際には、任命権者(京都社会保険事務局長)の裁量の範囲で免職処分回避努力義務をすべし、ともしました。
使用者である国が全体で雇用責任を負わない、という判断は、憲法で保障された公務員の身分保障や、生存権、勤労権を軽視するものであり、原告ら敗訴の結論を導くための「ためにする議論」です。判決自身も「憲法の生存権の趣旨に基づく公務員の身分保障を根拠とする免職処分回避努力義務」の存在を認めている以上、その義務を負うのは憲法の名宛人である国全体としか考えようがないのです。
3. 免職に追い込んだ基本計画の問題を糊塗-(2)について
その上で、判決は、上記閣議決定が職員の整理免職処分につながったことを認定しながら、違法性の問題を生じない、という信じがたい見解を述べています(判決p54)。これは日本年金機構法において職員の採用に関する「基本事項」を内閣が定めることになっていた=懲戒処分歴のある職員の一律不採用は国会のお墨付きである、というものです。
しかし、職員承継をしなかった機構法自体が不当であることはもちろん、内閣は採用に関する「基本事項」を定める権限があったに過ぎず、懲戒処分歴のある職員に機構の採用面接すら受けさせないことを直接決める権限があったとは思えません。そもそも、この一律不採用の方針自体、法に基づき設置された有識者会議の結論(懲戒処分歴のある職員にも採用の途を残した)を、法律が予想していない与党・自民党内部の議論がねじ曲げた結果(これは憲法15条が定める公務員の「全体の奉仕者」性を「一部」の者たちが違法に侵害するものです)なので、判決は結論に固執するあまり、行政の中立性を害する政党の横やりに屈するものになってしまっています。
また、この判決の見解は、公務員の任用や免職に関する根本法である国家公務員法よりも、同法とは「前法・後法」または「基本法、特別法」の関係にない機構法の附則の規定を優先するものであり、実は、国家公務員法を制定した国会の立法権すら蹂躙するものです(なお、機構法附則3条を国公法の後法または特別法と捉えると、それについて国公法28条に基づき人事院による勧告が必要になりますが、そのようなことはされていません。)。
このような見解は裁判所が遵守すべき国公法に違反し、到底許されるものではありません。
4. JR採用差別訴訟最高裁判決との矛盾-(2)について
また、判決は、あまりにないない尽くしで、職員の人権救済の途を完全に奪ってしまっていることについてバランスを取ったつもりなのか、機構による懲戒処分歴保有者の不採用について、機構側に違法の問題が生じうるかのような記載があります(判決p53)。しかし、これは2003(平成15)年12月22日のJR採用差別訴訟の最高裁判決と矛盾します。国鉄解体と民営化(私物化)に際しては職員の新規採用方式が採られ、それが社保庁解体の「お手本」となっています。この最高裁判決では、国鉄が採用候補者名簿作成の際に行った不当労働行為(組合員の名簿非登載)の違法性について、JR側(設立委員)は原則として承継しない(不当労働行為の責任は国鉄およびそれを引き継いだ清算事業団が負う)とされました。この判決の理屈を前提にすれば、機構(設立委員)は政府が決めた本件における懲戒処分歴保有者一律不採用の違法性の責任を原則として負わないはずなのです。その責任を負いうるのはただ国のみです。
判決は、結論に固執するあまり、重要な先例との関係での矛盾すら引き起こしています。
5. 雇用責任を「任命権者」限りに矮小化-(2)について
この判決の最大の拠り所は、「任命権者」(多くの原告については京都社会保険事務局長。年配の2名だけ社会保険庁長官)より上級の機関(その頂点が内閣)は、分限免職処分回避努力義務を負わない、という点です(判決p62)。その根拠となるのは、「任命権者」(国家公務員の任用・免職の担当者)について定めた国家公務員法55条です。しかし、同条は、あくまで任命権の所在を定めたものであり、任命権が終局的に任命権者に属し、より上級の機関がその任命権を行使できないとしても、だからといって、上級の機関が免職処分回避努力義務を負わない根拠には一切ならないはずです。実際、後述のように、判決は閣議決定によって新たに厚生労働大臣の免職処分回避努力義務を創設でき、これが処分の違法性に影響する、という判断をしています。これでは内閣が任命権者の任命権を侵害することになりそうですが、判決は意に介していないようです。逆に、このような理屈がまかり通ると、行政は末端の窓口を除き、国民に対して責任を負わないということになり、戦前の国家無答責論とほとんど言っていることが変わらなくなります。正に国民主権に反する考え方です。
また、上級機関は下級の任命権者の任命権を行使することはできなくても、下級機関に指揮命令をすることができるので、任命権者に独立した任命権があると言っても、「だからどうした」という話でしかないのです。実際、民間企業で、支店長に採用権限がある職員に対する解雇回避努力義務は企業全体で負わなくて良い、みたいな仕組みはありません。
また、判決が任命権者のみ免職回避努力義務を負うという「任命権者論」にこだわる結果、様々な矛盾が生じます。例えば、京都の原告内部でも、任命権者が京都社会保険事務局長の原告と、社会保険庁長官の原告に分かれますが、それぞれの任命権者は相争いながら、免職回避努力義務の履行に向けた「椅子取りゲーム」をしなければならないはずです。大阪と京都の事務局長も同様に「椅子取りゲーム」をしなければなりません。このような統制のとれない行政執行は常識的に考えられません。
6. 義務の不履行を免罪-(3)(4)について
そして、原告は「任命権者論」を前提にしてもやれたはずの措置を沢山主張しましたが、裁判所は行き詰まり、何の応答もしないで無視したものがいくつもあります。判決は、厚生労働大臣についても、閣議決定の文言を根拠に回避努力義務の存在を認めましたが、厚労大臣について言えば、さらに様々な措置をできたはずで、具体的に主張もしているのですが、それらについても判断されずに無視されたり、明らかに法令違反の理由(処分時に存在しなかった事情)をつけて措置をとらなかったことを免罪したりしています。結局、判決は、自らが立てた理屈にすら不誠実な態度を取っているのです。
第3 今後の展望
京都以外の地域でも、札幌、仙台(秋田訴訟)、東京、名古屋、高松(愛媛訴訟)の訴訟が同時に進行しており今後、結果が出て行きます。特に札幌と高松は進行度合いが京都の次に早く、今年度中の判決が見込まれます。
2. 京都訴訟の控訴審
また、京都訴訟も、大阪高裁に場所を移し、審理が続きます。既に述べたように、大阪地裁の判決は、理由が矛盾だらけで、裁判所自身が述べた理屈にも反する結論を採る支離滅裂なものになっています。あるべき姿へ是正していけば自ずと勝訴の途は見えてきます。
また、理屈はどうあれ、大阪地裁は2008年7月29日以降の厚労大臣の回避努力義務を認定しました。一方で、厚生労働省においてできたのに取らなかった措置について軒並み判断しないという暴挙に出ました。特に、免職回避に向けて用意されていた3ヶ月間の113名の定員枠については、事後的な事情(4月1日以降の雇用に接続できる保障がなかった)という時系列的に事後の事情をもって活用しなくても良い、というとんでもないことを述べています。厚労省が取るべきであった措置を徹底的に明らかにしていこうと思っています。
また、大阪地裁の判決は、裁判所に適正な判決を書かせるために、世論による包囲が極めて重要であることを示しました。大阪地裁判決がこのまま上訴審でも是認されれば、「公務員には人権がない」ということになってしまいます。そうなっては大変です。今後ますます、支援の輪を広げていただきますようよろしくお願いいたします。
当事務所の弁護団弁護士:村山晃、糸瀬美保、藤井豊、谷文彰、尾崎彰俊、筆者