事件報告 タクシー運転手の残業代請求の現状~最高裁判決後の「波」にそなえて
タクシー運転手の一般的賃金体系
タクシー運転手の賃金体系は、これまで、繰り返し裁判になっていますが、様々な事例で共通しているのは、法定時間外労働や、深夜早朝労働の割増賃金(残業代)を、歩合給の内側に組み入れてしまう点です。言いかえれば歩合給で残業代を払ったことにしてしまうのです。
労基法では歩合給は「請負制」の賃金の一種とされます。ここで請負制の賃金の定義は「一定の労働給付の結果又は一定の出来高に対して賃率が決められるもの」(厚生労働省労働基準局編『平成22年版 労働基準法 上』p378)とされます。言葉にするとヤヤコシイですが、要するに、水揚げ高(運賃収入)に賃率(賃金となる割合)を掛けて賃金額を決めるタクシー運転手の歩合給は、この請負制賃金の典型なのです。
労基法(具体的には労基法37条を受けた労働基準法施行規則19条1項6号)では、このような歩合給で働いていて法定時間外労働などの残業をした場合には歩合給に付加して、残業時間に比例して25%の割増賃金を支払うように定めています。
法律にこのように定められている以上、歩合給の内側に残業代を組み入れてしまうタクシー運転手の賃金体系は、大抵の場合、適正に残業代を払っていないことになります。
実際、最高裁判所(最判1994年6月13日高知県観光事件)は以下のように述べ、歩合給に15時間分の時間外割増賃金が含まれている、という使用者側の主張を排斥しました。
本件請求期間に上告人らに支給された前記の歩合給の額が、①上告人らが時間外及び深夜の労働を行った場合においても増額されるものではなく、②通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外及び深夜の割増賃金に当たる部分とを判別することもできないものであったことからして、この歩合給の支給によって、上告人らに対して法三七条の規定する時間外及び深夜の割増賃金が支払われたとすることは困難なものというべきであり、被上告人は、上告人らに対し、本件請求期間における上告人らの時間外及び深夜の労働について、法三七条及び労働基準法施行規則一九条一項六号の規定に従って計算した額の割増賃金を支払う義務があることになる。(丸数字は筆者記入)
その他にも、徳島南海タクシー事件(高松高判平成11年7月19日)でも、歩合給の内側に残業代等の費目を設定して振り分けた事案について、残業代の支払いとなることが否定されています。
タクシー運転手のみなさんは、賃金が歩合給で支払われることを当たり前だと考える風潮があり、なかなか、残業代請求をしよう、という方向にならないのですが、実際に声を上げた場合、歩合給に残業代を組み込む使用者の措置は、違法とされる場合が多いのです。
国際自動車事件における使用者側敗訴と上告
実は、現在、同様の事案について、労働者側が東京地方裁判所、東京高等裁判所で完勝したのち、使用者側が最高裁判所に上告している事件があります。国際自動車事件(東京地判平成27年1月28日、東京高判平成27年7月16日)です。
この事件では、水揚げ高に賃率を掛けた後の「対象額A」(これが法律的な意味での「歩合給」になります)から残業代をすべて控除した後の金額を「歩合給(1)」として支給していたものです。使用者側が使う「歩合給」の意味が法律と違うのですね。このような措置が許されるのなら、月給制のサラリーマンについても、「所定月給額から残業代を控除した金額を月給とする」と決めてしまえば、事実上、残業代を支払わなくてよいことになってしまいます。最高裁判所でも労働者側が勝訴すべき事案と考えます。
京都でもタクシー運転手の残業代請求が増えている
最近、筆者のところには、京都のタクシー運転手の皆さんが、残業代請求の相談に来られる事例が増えています。(国際自動車事件の報道も影響しているかもしれません。)未払残業を撲滅し、労働時間の短縮を勝ち取ること、そして、それを労働者自身の手によって勝ち取っていくことが何よりも重要です。そして、最も厳しい条件で働いているタクシー労働者の時短は、判例を通じて、他の労働者にも必ず波及します。この動きが広がっていけば良いな、と思います。