まきえや

所得税滞納処分差押事件、高等裁判所で逆転勝訴!!

1 はじめに

日本国憲法25条1項は、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と定め、国民の健康で文化的な最低限度の生活を保障しています。この憲法25条1項の趣旨から、生活保護、給与、年金、児童扶養手当などの債権については、法律で、差押禁止に関する規定が定められており、法律に違反して、これらの債権を差押えることは違法となります。しかし、税金、国民健康保険料などを滞納した場合に、給与などの差押禁止債権を直接、差押えるのではなく、給与などが、預金口座に振り込まれた後、預金口座(預金債権)を差押えることで、差押禁止債権を定めた法の趣旨を潜脱する違法な差押処分が、現在、全国各地で行われ、重大な問題となっています。

このような中で、差押処分の違法性に関する重要な判決を勝ち取る事ができました。

2 突然、預金口座から、お金が無くなる。

本件の事実関係は次の通りです。

依頼者は、平成14年度の所得税を滞納していました。

平成28年2月15日、依頼者が勤務する会社から、依頼者の預金口座に給与支給額19万4879円が振り込まれました。その後、携帯電話料金の引き落としや預金の払い戻しなどにより預金口座は10万0308円となりました。振込から2日後の平成28年2月17日、税務署は、この全額(10万0308円)を差押えたのです(以下「本件差押」といいます。)。

3 なぜ、生活を脅かす差押が横行するのでしょうか。

行政側が、差押処分の大きな根拠としているのが、平成10年2月10日の最高裁判決です。同最高裁判決は、「国民年金および労災保険金の預金口座への振込にかかる預金債権は、原則として差押禁止債権としての属性を承継するものではな」いと判断しています。つまり、預金口座に振り込まれると、財産(預金債権)となり、差押えても違法とはならないということです。

しかし、この最高裁判所の判決は、あくまで、「原則論」を示したものにすぎず、0円の預金口座に給与などの差押禁止債権が振り込まれた場合に、差押えることを認めたわけではなく、本件のような違法な差押処分を正当化する根拠にはなりません。

同最高裁判決の例外として、平成25年9月18日広島高裁松江支部は、児童手当が振り込まれた9分後に預金口座を差押えた件について、預金口座の差押が違法と判断しました。

4 大津地裁判決

原告は、本件差押が、国税徴収法の差押禁止規定に違反し違法であるなどと主張して、国(被控訴人)に対し、本件差押処分の取消し等を請求するとともに、①主位的に違法な本件各処分によって損害を被ったと主張して国家賠償法1条1項に基づき、損害賠償金(慰謝料、弁護士費用も含む)の支払い、②予備的に不当利得返還請求権に基づき本件各処分のうち違法な部分相当額2万4404円の支払いを求めて、大津地方裁判所に提訴しましたが、大津地方裁判所では、原告の主張は、一切認められませんでした。

5 大阪高裁で逆転勝訴

大阪高裁判決は、例外を認めた上記、平成25年9月18日広島高裁松江支部判決を更に進め、本件預金口座の入出金状況について詳細に事実を認定し、差押えた金銭の原資が給与であること、統括官が差押可能な範囲を超える部分も差押えてしまう可能性を認識していたことを踏まえて、預金口座の差押が違法であるとの判断を行い、逆転勝訴することができました。これは、広島高裁松江支部判断を無視し続けた行政・それを追随した大津地裁判決に対して警鐘をならす判断です。

6 今後の課題

本件では、国家賠償請求も求めていましたが、大阪高等裁判所は、「法律解釈についての見解や実務上の取扱いも分かれていて、そのいずれについても相応の根拠が認められることを考えると、行政処分庁において、本件差押処分が違法になることを予見し、又は予見すべきであったということはできない」旨述べ、過失を否定し、国家賠償法に基づく請求については、認めませんでした。

国家賠償請求が認められなかったことは非常に残念です。しかし、今回の大阪高裁判決が出た以上(上告されずに確定)、今後は、「法律解釈についての見解や実務上の取扱いも分かれていて…」等という理屈は通りません。今後、給与債権など、差押禁止債権が振り込まれる預金口座を差押えるという、実務上の扱いも変更していかなければなりません。憲法25条1項が定める文化的で最低限度の生活を脅かす違法な差押処分を絶対に許さないために、この大阪高裁判決を広めていきたいと思います。

「まきえや」2022年春号