まきえや

タイムカードのない残業代請求事件

1 事案の概要

本件は、元従業員であった原告が、被告会社(パソコン修理等を行っている)に対して、未払い残業代と長時間残業によりうつ状態となったことについて、安全配慮義務に基づく損害賠償請求を行った事案です。

本件の特徴は、原告が、毎日、数時間の残業を行っていたにもかかわらず、被告会社は、タイムカードによる時間管理を行っておらず、原告に対して、業務日報の退社時間欄に「18:00」と記載するよう命じており、残業自体を否定した点です。

2 残業時間の立証

本件では、タイムカードがなかったため、原告の残業時間を立証するための重要な証拠となったのは、①原告が業務で使用していたパソコンのログデータ(パソコンを起動した時間とシャットダウンした時間がわかる)及び②原告が、18時00分以降、業務が終了するまでICレコーダーで、自分が、業務を行っている状況を録音した録音データ(期間は、約3か月間)、③被告会社の予定表(顧客の訪問時間などが記載されている)です。

①については、被告は、原告以外の者もパソコンを使用していたため、パソコンのログデータは、残業を行っていたという根拠にはならないと反論しました。②については、ICレコーダー内の時間が、録音のたびに毎回リセットされていたため、録音データの録音日時と原告が主張する日時が一致しないという問題がありました。

しかし、被告会社では、ラジオ放送が流れており、ラジオが放送された時報音及び曲が録音データに録音されており、原告の録音の信用性が証明できました。例えば、録音開始(18時00分)から2時間後に社内で「〜が8時をお知らせします。」という時報音が流れた様子が録音されていました。ラジオ放送された曲は、ラジオ放送局のホームページで日時が確認でき、録音データに流れている曲とラジオ局放送された曲の時刻が一致しました。

また、原告が来客対応した様子も録音されており、来客対応した時刻と被告会社の予定表も一致していました。

3 第一審の判断

第一審では、録音データを踏まえて録音期間については、「午後6時に退社した日は1日もなかったと認められる」と述べ、原告が手書きで退社時刻欄に「18:00」と記載した「業務日報の記載は信用できないと言わざるを得ない」と判断し、結論として、原告主張の残業時間をおおむね認めましたが、「原告が被告において長時間労働を行っていたことは認められるものの、本件全証拠を検討しても、原告のうつ状態発症の原因が長時間労働であることまでは認めることはできない」として、安全配慮義務に基づく損害賠償請求は、否定されました。

4 大阪高等裁判所で逆転

第一審判決の問題点は、うつ状態の発症の直前の3か月間に、1月あたりおおむね120時間の時間外労働を行っていることを認定したのに、うつ状態の発症の原因が長時間労働にあるとはいえないと認定した点です。原告は控訴し、このような問題点を指摘した上で、労災の認定基準やカルテに照らしても不当な判決であると主張した結果、大阪高等裁判所は第一審判決の判断を覆し、うつ状態の発症の原因が原告の長時間労働にあることを認め、治療費、休業損害等安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求を認めました。

5 最後に

本件は、被告会社が、残業の存在を否定し、タイムカードもなく、原告が被告の指示に基づき、手書きで退社時刻欄に「18:00」と記載した業務日報が存在する事案であり、残業の立証をどのように行うかが重要問題でした。

一審では、否定されましたが、二審において、損害賠償請求も勝ち取ることができ、良い結果を勝ち取ることができました(上告されず確定)。その後、労災申請も認められ、全面的に勝利することができました。

「まきえや」2022年春号