まきえや

[事件報告] 公務災害で新型コロナ後遺症になった職員が奈良県を賃金未払いで提訴

1 新型コロナに感染、公務災害認定

奈良県の県庁職員だったAさんは、2021年3月27日、職場でのクラスター発生により新型コロナウイルスに感染し、さらに後遺症を発症し、2024年12月25日まで休職していました。その後一度復職しましたが、2025年に結局退職に至りました。

Aさんは2021年10月に公務災害(民間の労災に相当します)を申請し、2024年3月22日に感染症とその後遺症(慢性喉頭炎、咽頭炎、嗅覚障害、慢性胃炎等)について公務災害の認定を受けました。

2 併存する「休職者に対する給与」の制度

地方公務員は、地方公務員災害補償法に基づき、公務災害で休職した場合には給与を受けられなかった部分も一定の補償を受けることができます。またそれとは別に、自治体ごとに定めらている「給与条例」に基づき、公務災害で休職中は100%の給与保障をされるのが通例です。両方からもらえる場合は、重複する部分についてはどちらか一方、ということになります。

公務災害は、認定まで長期間を要するのが通常で、Aさんの場合でも、申請から認定まで約2年半かかっています。それ自体が大きな問題なのですが、一方、給与条例に基づく「休職者の給与」は、通常の給与と同様、毎月支払う義務があるので、即効性が高いものです。本件のように、職場の集団感染で休職まで至っていることが明白な場合、本来は自治体が法律や条例に基づいてすばやく給与を支払うことが法律上の義務です。

3 奈良県が給与の支払を拒否

ところが、奈良県は、Aさんが休職者の給与の支払いを求めても拒否し続けました。その理由は、新型コロナ後遺症の研究が進んでいない2021年の段階における、Aさんに対する初期の診断は「自律神経失調症」という傷病名だったことによるものです。その後、短期間の研究の進歩で、主治医も、他の医師も、Aさんの症状を新型コロナウイルスの後遺症と判断するようになり、公務災害の認定を行う「地方公務員災害補償基金」もコロナ後遺症として公務災害の認定を行いました。ところが、実際には新型コロナ後遺症であるにもかかわらず、自律神経失調症という傷病名が併存して公務災害認定の手続に残ってしまい、この部分については新型コロナ感染と関係ない、として不支給の決定がなされたのです。奈良県は、これを口実にして、休職者の給与の支払を拒絶しました。

しかし、自律神経失調症は、本来は存在しなかった傷病であり、実際、Aさんのコロナ後遺症を公務災害に認定する際も、奈良県と災害補償基金側の協議で「コロナ後遺症で説明がつく症状は全て公務災害の対象とする」という旨のすり合わせもされています。奈良県の上記の対応は、奈良県の上記すり合わせとも態度が合致しておらず、全く不当なものです。そして、Aさんの症状はすべてコロナ後遺症で説明ができます。

実際には存在しない傷病が公務災害の手続に残ってしまったのは、災害補償基金の本部の協力医(精神科医で新型コロナウイルスの専門家ではない)がこの傷病名に固執し、Aさんの診察すらしていないのに、Aさんには自律神経失調症がある、と決めつけたためです。

4 やむを得ず提訴

Aさんは休職者の給与を受けられず、公務災害の認定までも長時間を要したことで、経済的にも困窮しました。現在は補償を一部受けられたことで生活はできていますが、コロナ後遺症の症状は現在も続いており、結局、職員としては退職せざるを得ないことになりました。

Aさんは奈良県の対応に怒りを感じ、奈良県に対して、休職者の給与の支払と、請求したにも関わらず賃金を支給しなかったことによる精神的苦痛の慰謝料を求めて2025年2月に提訴し、現在も審理が続いています。公務員で未払給与が堂々と発生すること自体希なことですが、公務員の権利が全うされるよう、頑張ります。

「まきえや」2025年秋号