研究論文を他人に盗用され雑誌に掲載された
研究論文を他人に盗用され雑誌に掲載された!
今月の相談 | 自分の研究論文を他人に盗用され、それが学会誌に掲載されていました。この場合、どうすればよいでしょうか? |
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著作権とは?
この場合、論文を盗用された研究者は、著作権の侵害を主張して後述の損害賠償などの請求をすることが考えられます。著作権という言葉は皆さんもご存知でしょうが、これは創作的な表現物を創作した者に与えられる複製権(印刷、写真、コピー、録音、録画、その他の方法で同じものを製作する権利)や翻案権(脚色、変形、編曲など、かたちを変えたり改正したりして利用する権利)、上演権、上映権など、一定の独占的な権利の総称を意味します。
今回の相談の場合には、他人に研究論文を無断で盗用され、雑誌に掲載されているので、とくに著作物に対する複製権・翻案権の侵害が問題になると思われます。ただし、著作権の侵害を主張するためには、そもそもこの研究者の論文に関して著作権が認められていなければなりません。では、著作権はいかなる場合に認められるのでしょうか?
まず、著作権は「著作物」(著作権法2条1項1号)について認められるので、研究論文についても「著作物」として認められる必要があります。そのためには (1)思想・感情を、(2)創作的に、(3)表現したものであって、(4)文芸・学術・美術・音楽の範囲に属するものといえなければなりません。
研究論文の場合で述べると、(1)については、単なる事実やデータそれ自体では知的活動の成果とはいえず、そのデータなどを獲得するために多大な知識や労力・資金をたとえ要したとしても、著作物として保護の対象にはならないことに十分注意する必要があります。(2)については、ありふれた内容であってはならず、研究者の個性が創作行為に現れていなければならないことを意味します。(3)については、著作権法が保護するのはあくまでも表現であって、アイデアや着想そのものは保護の対象としていないことに注意しなければなりません。あるアイデアに基づいて論文を書いた場合、その論文は著作物として保護の対象になりますが、そのもととなったアイデア自体は著作権の保護対象とはならず、そのアイデアを利用されたとしても著作権法上の保護は及ばないのです。アイデアについては別途、技術的思考を保護対象とする特許法などの適用を考えることができますが、その場合には著作権とは異なり、特許庁における登録をしなければならず、そのために著作権よりも厳格な要件を満たす必要がある点に注意しなければなりません。(4)については、研究論文であれば、とくに問題はないでしょう。
次に、著作権は原則として著作物の「著作者」に認められます。そして、著作者として認められるための登録・その他の手続きを必要としないので、研究者はその研究論文を自分が執筆したことを証明さえすれば、著作者として認められます。さらに、研究論文に自分の名前を著作者として表示していた場合などは、そのことから著作者としての推定を受けることもできます(法14条)。
著作権の侵害が成立するには?
このように、著作権は著作物を創作したという事実自体に基づいて認められるので、特許権のように他人の権利の存在を登録から確認することができません。そこで、著作権は特許権とは異なる相対的な権利であると考えられ、たとえ結果として同様の著作物ができたとしても、複数の人がそれぞれ独自に創作したのであれば、独自の著作物として保護され、著作権侵害は成立しないとされています。つまり、著作権侵害が成立するためには、他人の著作物に「依拠」して作成されたものであることが認定されなければならないのです。
では、他人の著作物への「依拠」が認められるとして、どのような場合に著作権侵害が認められるのでしょうか?この点については、著作物をそっくりそのまま複製する、いわゆるデッドコピーの場合以外でも多少の改変が加えられたにすぎず、実質的な同一性が変えられていない場合には、複製権侵害が成立します。さらに、実質的にも同一とは認定できない程度の改変を他人の著作物に加えた場合であっても、翻案権・変形権の侵害にあたると考えられる場合もあります。ただし、前述のように著作権法はアイデアそのものを保護するものではないので、たとえ論文にアクセスした事実があっても、単に着想やヒントを得たにすぎない場合、著作権侵害は成立しません。
侵害に対する民事上の手段は?
(1)損害賠償請求
著作権者は、故意または過失によって著作権を侵害した者に対して、侵害行為により生じた損害賠償を求めることができます(民法709条)。よって研究者が論文を盗用した者および学会誌の出版社が故意・過失をもって著作権を侵害したことを証明できれば、損害賠償請求が認められることになります。なお、損害賠償額の算定については、困難を伴うことが少なくないことから、侵害行為者が侵害行為によって受けた利益の額を損害額と推定する規定が置かれています。
(2)名誉回復などの措置
著作権者は、損害の賠償だけではなく、著作権を侵害した者に対して、当該学会誌などにおいて真実の著作権者を示し、著作権を侵害した事実を公表・掲示したり、謝罪広告を掲載したりして、著作者の名誉、声望を回復するために必要な措置を請求することができます(法115条)。
(3)差止請求
著作権者は、その権利を侵害する者や侵害する恐れのある者に対して、その侵害の停止または予防を請求することができます(法112条1項)。これに基づいて研究者は学会誌の出版社に対して、出版の差し止めを請求することができます。この場合、損害賠償の請求とは異なり、相手方の故意または過失は必要とされません。
(4)著作権の期限
著作者が死亡して50年間は著作権は法的に保護されるため、この期間は遺族から請求を受ける可能性があります。
刑事上の手段としては?
著作権を侵害した者は著作権侵害罪として、3年以下の懲役または300万円以下の罰金に処する旨の罰則が定められています(法119条1項)。ただし、本罪は「親告罪」とされているため(法123条)、告訴がなければ公訴を提起することができません。著作権は個人的な権利であるため、刑事訴追するか否かの選択も権利者個人に委ねられているのです。よって、刑事訴追を望む場合には、被害者が犯人を知った日から6ヶ月以内に告訴をしておかなければなりません。
トラブルを防ぐための注意点は?
先行して発表されている研究論文を十分調査したうえで、他人の研究論文を引用するにあたっては、出典を必ず明示してください。他人の研究論文の引用部分と、自分の創作部分は明確に区別し、引用部分は必要最小限にとどめてください。また、他人の研究論文の引用にあたっては、その著作者の人格(権)を侵害しないように配慮する必要があります。
コラム
発光ダイオード論文事件
被告が発表した学位論文が、被告と同じグループで研究していた原告の執筆した研究報告書の記述を利用したものであるとして、謝罪文、訂正文の送付や損害賠償を求めた事件。
〈判旨〉
自然科学法上の法則や物質の構造・性質は、その表現・説明方式において著作権の保護を受けうる場合があることは格別、その内容自体については、仮に原告が最初に着想した独創性のあるものであっても著作権保護の対象となるものではない(思想・感情の要件を欠く)などとして、原告の請求を棄却(大阪地裁 昭和 54年9月25日)。