イギリスのHAPPYな子育て
イギリスのHAPPYな子育て
夫の仕事の都合でイギリスのノーリッジという小さな町に移り住んで約4か月がたちました。イギリス行きが決まった当初は、せっかくの機会だから自分も休職して留学しようと考えていたのですが、渡英直前に長男を出産したため、休職の目的が「育休」に変更となりました。多忙な弁護士業から「母」専業へ、はじめての外国生活、はじめての子育て、知人も友人もなし、言葉も通じず!と環境の激変の割に、なぜかストレスもなく、ホームシックにもかからず、たっぷりイギリス生活を楽しんでいます。
イギリス生活が楽しい理由は色々あるのですが、あえて1つあげるとすれば、子連れでも、英語があまり話せなくても、気軽に外出できる環境が整っていることでしょう。子連れでの外出の場合、おむつ換えや授乳の場所があるかどうか、それから、実は一番大きな「荷物」である子供をうまく「運搬」できるかが大問題なのですが、ここノーリッジではこの大問題が見事にクリアできているのです。おかげで、毎日息子と遊び歩いています。
子連れの外出の必需品は何といってもベビーカーです。イギリスに着いた私が真っ先に買ったのもベビーカーでしたが、これがやたらと大きくて重くて頑丈なのです。日本のベビーカーはコンパクトで扱いやすそうだったのに、こんな大きなもの私に使いこなせるのか最初は心配だったのですが、使用してみると、この頑丈さが実に使いよいのです。歩道のちょっとした段差やでこぼこ道も楽々、持ち手に重い荷物をぶらさげてもびくともせず、安定感抜群なのです。折りたたみ式のシートそれに、ここノーリッジでは、出先でベビーカーを折りたたんだり、抱え上げたりすることはまずありません。階段があるところには必ずリフトやスロープもありますし、ほとんどのバスはベビーカーのまま乗れます。バスの入り口はノンステップなだけでなく、たっぷりと広く、車内の前方に、車いすやベビーカー専用のスペースがあります。ベビーカーを押してきた私は、このスペースに設置してある折りたたみ式のシートを使って、ベビーカーに乗ったままの息子と向かい合って座ることができるのです。
ただ、先日ロンドンに遊びに行ったときは、リフトやスロープが見あたらず、夫がベビーカーを抱え、私が荷物を抱えて階段やエスカレーターを乗り切る羽目になりました。イギリスどこででもバリアフリーが徹底しているというわけではないようです。
おむつ換え・授乳に関しては、公共施設はもちろん、デパートやスーパー、観光地などには、トイレとは別に独立したおむつ換え・授乳スペースが必ずあり、ここもベビーカーでそのまま入ることができます。基本的にイギリスでは「母」ではなく、「両親」のためのものという考え方で、「BABY CHANGE」(おむつ換え)ではなく、ずばり「PARENTS ROOM」という呼び名がついているところもあります。最近気に入ってよく利用するのが、ベビー用品等の専門店にあるもので、ここには、3つのタイプの部屋があります。1つは授乳専用の部屋で、広々としたスペースにロッキングチェアーや給湯器、使い捨ての母乳パットまで備え付けてあります。
もう1つは、おむつ換えと授乳が同時にできる部屋で、部屋の片側におむつかえ用の台が何と3台、洗面台を挟んでずらりと並び、もう片側には、ベンチ2台と給湯設備があります。ここでは、子供にミルクをあげておむつ換えをしているお父さんの姿をよく見かけます。
最後の部屋は、トイレ、給湯設備、おむつ換え台等がすべてそろっており、上の子にトイレを使わせつつ、下の子の授乳やおむつ換えをするなど、いろいろな目的に使えます。
実は、日本ではほとんどおむつ換えスペースを利用したことはないのですが、女子トイレの個室内に設置されているおむつ換えシートにはかなり悪戦苦闘しました。首の据わらない息子と荷物を片手に抱え、もう片手でおむつ換えシートのロックをはずして倒すのは至難の業で、それだけでうんざりした覚えがあります。もちろん、日本にも快適なおむつ換えスペースはある(はずだ)と思うのですが、残念ながら利用する機会がないままイギリスに来てしまいました。
このようにノーリッジでは、おむつ換えや授乳の心配なく外出ができるのですが、外出を快適にしているのは、単に設備の問題だけでなく、人が優しいということもあると思います。ここでは、後ろから来る人のためにドアを支えておいてあげるのは当たり前です。この間は、5歳位の男の子が、私と息子のためにドアを支えておいてくれました。「ありがとう」と言った私に対し、男の子は「どういたしまして」と返してきたのですが、それが実にさりげなくてスマートで、カワイイというよりカッコイイのです。また、バスの乗り降りの際には、他の乗客は必ず私と息子を先に通してくれ、ベビーカーと慣れない英語でモタモタしている私をせかしもせず、後ろでのんびり待っていてくれます。息子と気軽に外出できるのも、このイギリスののんびりさのおかげです。ただ、逆に言えば、イギリスでは電話の取り付けや家の修理に何週間もかかるのが当たり前でもあります。まあ、それも慣れてしまえばで、今はすっかりこのイギリス式テンポが快適になってしまっており、日本に帰ったときにどうなるのかと少々心配な位です。
もう1つ、重要な点は、外出する先がたくさんあることです。イギリスでは様々な子育て支援の集まりが開かれていて、気楽に参加できるのです。例えば、夫の研修先であるイーストアングリア大学では、留学生やビジターの家族向けの集まりが週に1度開かれていて、子供を遊ばせながら、親同士が交流することができます。また、教会でも、週に1度、「ベビー&トドラー(1~2歳の子供)グループ」という集まりが開かれていて、毎回30~50組位の親子が参加しています。
そのほかイギリスには全国規模のチャリティー組織(The National Childbirth Trust)があり、地域毎に様々な活動をしています。ここノーリッジでも、毎週1度、メンバーの家庭で「コーヒーグループ」という集まりが開かれていて、先日は、私の自宅でもこの集まりを持ちました。
このように、毎日のように何かの集まりに参加しているおかげか、息子はものすごく愛想のよい子に育っています。もちろん、まだ人見知りをしない月齢のせいでもあるのですが、それにしても、道で会った見知らぬおばあさんにも、スーパーのレジで後ろに並んだ男性客にも、ついでにレジの女性にも、誰彼なしに満面の笑みで愛想をふりまき、相手がそれに応えてあやしてくれようものなら、ウキャッ、ウキャッと歓声をあげて、体をゆすって大喜びなのです。いろいろな場に出かけているとはいっても、実は英語での会話に四苦八苦している私は、言葉を超越したコミュニケーションを楽しんでいる息子がちょっとうらやましいです。
愛想のよい息子をさして、イギリス人はよく「HAPPY BOY」と呼びます。イギリスに来てはじめて知ったのですが、イギリス人はこの「HAPPY」という単語をよく使います。例えば、息子に予防接種を受けさせる際、私たち夫婦は、いきなり看護婦さんから「あなたたちはHAPPYですか?」ときかれて、ちょっとびっくりしました。イギリスでの予防接種は、個々人がかかりつけのお医者さんから説明を受けた上で看護婦さんから注射を受けるのですが、どうも、看護婦さんは、医者からの説明に納得しましたかというような意味で「HAPPY」という言葉を使っているようなのです。私たちが、HAPPYだと答えると、看護婦さんは今度は息子をさして「彼は今HAPPYですか?」と聞いてきたので、またもやびっくりしてしまいました。今度は、どうも、息子の体調はいいかどうか聞いているらしいのです。また、こちらで知り合った日本人女性から聞いた話ですが、スーパーの袋を捨てられずにためこんでいる彼女に対し、イギリス人の夫は、「きみは袋が何枚あればHAPPYになるんだい?」と聞いてきたのだそうです。
はじめは、なんでこんな場面で「HAPPY」なんて単語を使うんだろうと変な気がしたものですが、私はHAPPYですと繰り返しているうち、不思議なもので、なんだか本当に幸せな気分になってくるのです。イギリスへの滞在は、後1年と少しの予定です。このままずっとHAPPYでいられればいいなと思っています。