まきえや

京都日栄訴訟勝利和解

[事件報告 4]

京都日栄訴訟勝利和解

勝利和解で全面解決に。

新聞報道でもご承知のように、日栄訴訟は、全国的に和解が進み、京都においてもこの春勝利和解をしました。

日栄訴訟は、後述するように日栄の利息制限法違反の超過利息を元本に充当していくと過払いになり、「債務がない」「日栄は過払いによって不当に利得している」という形で、集団提訴していた事件です。

勝利和解の内容は、日栄(現ロプロ)側が借主側に不当に請求してきた請求を全額放棄ないし「債務はない」という確認をしただけでなく、原告らが日栄(現ロプロ)との長い取引の間に支払いすぎた金額「過払い金額」ほぼ満額(請求金額の93.5%)に近い形で日栄が支払うとの和解となりました。日栄(現ロプロ)が、京都訴訟全体で原告らに支払う総額は実に2億2000万円の金額となります。

このような解決の直接の大きなきっかけとなったのは、昨年7月18日の最高裁判決、とそれに続いて出された債務者(借主)の実質勝利の最高裁判決でした。

全国弁護団結成が1998年12月19日、京都の集団訴訟の第一次提訴が、1999年であり、それらに先行して全国各地で「手形処分・取立禁止の仮処分」が盛んに行われるようになったのは、1998年頃であり、この間、当事者も倒産に追い込まされる人も出たことからすると、当事者としても弁護団としても、足かけ5年の月日を経て「ようやくの」解決という思いです。

日栄問題の続発、訴訟

1992年頃以降。銀行は、バブル時代のつけである不良債権の回収のため中小企業に対する「貸し渋り」と貸付金の回収に躍起になっていました。この間、銀行は逆に潤沢な資金を日栄(現ロプロ)などに融通し、日栄は、これらの資金を元に、手形制度と日本信用保証という日栄と全く同一の会社に保証させ、その保証料もとるという保証会社制度を悪用し、実質金利が極めて高額な貸付を行い、過酷な取立を行って、莫大な利益を上げていきました。

日栄(現ロプロ)の取り立ての過酷さは新聞記事に報道されただけでも「家を売れ、家を売り飛ばせ」「カネつくれ。腎臓2つもっとるやろ。1個売れ・・・」「目ん玉1個売れ・・・」などというものまでありました。このような過酷な取立や不渡りに悲観して、当事者が自ら命を絶つ被害まで生みだし大きな社会問題とまでなりました。

それだけでなく、京都市などは、広報に公的資金が援助できないかわりに日栄(現ロプロ)に融資を受けることをすすめるような広報さえしていたことがあったりもしました。

ところで、当初、日栄(現ロプロ)は、その資金力にものを言わせ、全国各地で手形訴訟を大量に提起しては、制限超過利息の法定充当や保証料などの見なし利息を主張する債務者側弁護士に対し、全国の裁判所で下された日栄の主張を認容した大量の判決を書証として送りつけてくることなどもあり、それが新たな敗訴判決を生むという構図ができあがりつつあった時期もありました。

これらに対し、弁護士の元に被害を訴える声が続出し、日栄商法に対する裁判が起こされ始めると同時に、各地で起こされていた日栄からの訴訟に借り主側でも早急に情報交換する必要性が認識されるようになったのです。1999年全国的に商工ファンド対策弁護団が結成されました。

弁護団は、利息制限法引き直し、日栄と日本信用保証の同一性を裁判所に訴え、手形取立禁止の仮処分や、不当利得返還、債務不存在の裁判を提訴していきました。

その後の裁判の経過

これらの裁判も、下級審である地裁、高裁段階などでは、借り主有利、不利相半ばする判断がでていました。

そして、ようやく昨年7月18日以降に、一連の次のような趣旨を認める勝訴の最高裁の判断が相次ぎました。

この最高裁の判断の概要は「(1)日栄の当該貸付については貸金業法のみなし弁済の規定は適用されない(2)日栄との取引によって発生した過払い分の取り扱いについて制限超過利息分の即時充当を認める(3)日栄に債権者の期限の利益は認められず(4)日本信用保証が徴収する保証料、事務手数料はみなし利息に含まれる」というものでした。要するに、日栄(現ロプロ)は、実質、不当に高い利息を取っていて、脱法行為にあたるというものです。

全国弁護団提供

全国弁護団提供

事務所としての取り組み

1999年頃の私どもの事務所ニュースを振り返ると、「商工ローン最大手の日栄問題が、連日マスコミで取り上げられています。私たちの事務所でも、昨年秋以降、被害対策弁護団の弁護士を中心にして、日栄に対する手形の取立差止の仮処分に取り組み、次々に裁判所の決定を得てきました。たとえば、日栄に 1000万円を超える手形を入れて、息つく暇もなく利息の支払に追われている被害者の人も、私たちが膨大な資料を分析して利息制限法で計算すれば、日栄に払う義務がないどころか、300万円も払い過ぎになっているのです。しかし、日栄が手形を取立に回した場合、決済資金を用意できなければ、銀行で不渡り処分を受けて倒産してしまいます。そうなれば、家族は勿論、従業員の人たちまで路頭に迷うのです。次の決済期日までに裁判所の決定をもらって、手形の取立を止めなければなりません。時間との勝負の中で、事務所一丸となって頑張ってきました。また、1999年秋の京都弁護団の結成、集団訴訟の提起についても、民主商工会の皆さんと協力しながら、主体的に活動しました。日栄の本店がある京都でのこうした活動は、マスコミでも大々的に報道され、全国の被害者や支援の人々を励ましたものと思います。被害者の方々の営業と暮らしを守るための裁判、交渉はもちろんのこと、中小企業には貸し渋りをしながら商工ローンには融資していた銀行の責任追及、被害を根絶するための金利規制の実現に向けて、引き続き奮闘します」という記事が載っています。

教育基本法等で、身分保障が定められているはずの先生が、逆に、こうした残業に対する労働者の権利を剥奪されているのが実態です。とすれば、それは、正しい法のあり方ではないことは明白です。

今、思い起こすと、当初、地方の事務所では、過払い利息の計算や集団的な解決やノウハウが蓄積されていないと言われたとか、相談しても相談に乗ってもらえなかったり、京都が日栄の本拠地だからと京都の弁護士事務所に相談するように言われ、当時、遠いところでは山口県や三重県人などからの相談や受任までありました。

膨大な取引の資料から手形取立禁止の仮処分決定を裁判所に認めてもらうために、先ほどの記事にも紹介したように事務所一丸となって短期間で次々と仮処分を勝ち取っていったことを思い出します。遠方の依頼者とは、なかなか連絡も困難で、打ち合わせもしにくい状況にありましたが、それでも大きな役割を果たせたのではないかと思います。

日栄京都訴訟の勝利解決の意義

京都訴訟は、全国でもかなり大規模の提訴となりました。1999年の第一次提訴から9次の提訴にわたり、121人という多くの人が原告に加わりました。

このような大規模な京都訴訟が解決したことは、それ自体大きな意義をもっているだけでなく、ロプロの本社がある京都で和解が成立したことは、全国の多くの訴訟を励ますことになると思われます。

4月11日付 京都民報

4月11日付 京都民報

「まきえや」2004年春号