1 高校生が国と奈良市を提訴
2024年3月29日、当時、高校生だったRYUさん(仮名)が、国と奈良市を相手取って、国家賠償請求訴訟を提訴しました。自らの氏名、住所、性別、生年月日という個人情報を、奈良市が同意なく自衛隊奈良地方協力本部に提供したためです。自衛隊奈良地方協力本部は、奈良市から提供を受けた個人情報を利用して、RYUさんに対して自衛官募集のハガキを送ってきたのです。
2 全国の自治体で進む自衛隊への名簿提供
住民基本台帳法は、自治体が管理している住民基本台帳について原則非公開とし、国又は地方公共団体の機関が「法令で定める事務の遂行のために必要である場合」に「閲覧」させることを請求することができると定めています。そのため、自衛隊は、自衛官募集のため、各自治体で住民基本台帳を閲覧し、書き写す方法で情報収集をしていました。
このことについて、安倍首相(当時)は、2019年1月30日の衆議院本会議で「防衛大臣からの要請にもかかわらず、全体の6割以上の自治体から、自衛隊員募集に必要となる所要の協力が得られていません。」と発言したのです。安倍首相の発言を受けて、2021年、国は各自治体に対して「自衛官又は自衛官候補生の募集事務に関する資料の提出について(通知)」を発出し、自衛官募集のため、自治体が自衛隊に対して住民基本台帳の一部を名簿資料として提出することを事実上促すことを通知したのです。
これを受けて、多くの自治体が、住民基本台帳の閲覧から、自衛隊への名簿提供へと対応を変えました。具体的には、18歳、22歳になる若者の個人情報を、紙ないしは電子データのかたちで自衛隊に提供するようになったのです。京都市も、安倍首相発言の直後の2019年4月から、18歳、22歳になる若者の氏名、住所が印刷された宛名シールを自衛隊に提供するようになっています。
3 自衛隊への名簿提供は違法であり、憲法違反である
住民基本台帳法は、上で述べたように、あくまで「閲覧」を認めているだけです。自衛官募集のための事務は「写しの交付」ができる場合にはあたりません。また、RYUさんが住んでいる奈良市の個人情報保護条例(現在は個人情報保護法)では、本人の同意なく個人情報を第三者に対して提供することは原則としてできません。例外的に第三者提供ができる場合として「法令等による定めがあるとき」とされており、国や奈良市は、自衛隊法97条1項と同法施行令120条を根拠として挙げています。しかしながら、施行令120条は、あくまで募集事務の処理の状況についての調査や確認のための規定であって、同条を用いて名簿の提出を求めることは関与最小限度の原則に反して許されず、名簿提供は違法な行為と言わざるを得ません。
また、憲法13条は個人の尊厳と幸福追求権を定めており、その内実としてプライバシー権が保障されています。自分自身の情報を、同意なく第三者に提供されることは、プライバシー権の侵害であり、憲法違反です。
4 戦争する国づくりを許さない
戦争法の強行により、自衛隊は集団的自衛権を行使する部隊に変わりました。さらには、安保3文書の閣議決定により、自衛隊は敵基地攻撃能力を保有し、他国の領域で武力行使することすらできる部隊となっています。他方で、自衛官の応募者数は減少しており、定員割れの状態が続いています。自衛隊が、戦争する部隊であることが市民の目にも明らかになったこともその一因でしょう。
今ここで、住民の個人情報を管理する自治体が、自衛官募集の片棒をかつぐことになれば、自治体が徴兵事務を担った、かつての戦争と同様の事態につながりかねません。自治体による若者の個人情報提供を止めるために尽力します。